RA
RA Japan
RA
Global
Local
Music
Interact
フォーラム 最新
Search RA
Playing favourites: Moomin
Playing favourites: Moomin

RAが、ドイツ屈指のディープハウスプロデューサーとヒップホップ、そしてサンプリング文化への愛について語る。

ベルリン在住のSebastian Genzは2010年以降Moominとしての活動で知られているが、自身の音楽遍歴は90年代中盤まで遡る。ドイツ北部のKiel出身のSebastianは、ラジオを通じて初期ヒップホップ、ファンク、ブレイクビーツに魅了され、テープデッキと共に青春時代を過ごした。サンプリング、スクラッチ、そして自作のミックステープと共に1996年頃からDJとして活動を開始、2000年頃から制作をスタートさせている。

その後ドイツ国内のヒップホップ事情に嫌気が差したSebastianは、エレクトロニックミュージックへ方向転換し、サンプリングをハウスへと盛り込み始める。そしてベルリンに拠点を置くWhiteとAimからリリースをした後、デモテープをSmallvilleのボス、Julius Steinhoffへ送り、その結果として2011年後半に“Sweet Sweet”EP、そして高い評価を得たアルバム、『The Story About You』を同レーベルからリリースし今に至る。

今回は本人の若き日々に影響を与えた音楽、そしてヒップホップからハウスへの変遷を本人のお気に入りのレコードを通じて見て行くことにする。





Les McCann
Talk to the People
1972


このレコードをピックするかどうかについては悩んだよ。というのは、他のレコードと毛色が違うからね。これは僕の父親のレコードなんだ。彼は大量のレコードを持っていて、小さい頃はいつもどれを聴いたら良いかを尋ねたり、自分でそこから探したりしていたんだ。ある程度の年齢の読者なら多分レコードをプレイすることがいかに面白いかは理解できるだろうね。ジャケットを眺めて、ターンテーブルの赤いライトとレコードが回転するのを眺めるのさ。どういうわけかこの”Talk to the People”をかけたことはよく覚えているんだ。

このようなレコードは小さい子供にとってはかなり難解じゃないですか?

確かに難しかった。でも僕が音楽に興味を持つにつれ、サンプリングやブレイクのネタを探すために音楽を聴くようになっていたから、殆どの場合飛ばしながら聴いていたんだ。アルバムを最初から最後まで通して聴くものとして扱うようになったのは大人になってからだね。

大人になった今、このレコードについてはどう思いますか?

僕はLes McCannを尊敬しているよ。何故なら彼は独学で音楽を学んだ人物だからね。僕は彼のハーモニー、そしてクラシックジャズやファンク、ソウルなど異なったスタイルの組み合わせ方が素晴らしいと思う。当時のことは良く分からないけれど、多分このアルバムがリリースされた当時、このスタイルは珍しかったと思うんだ。



Diamond & The Psychotic Neurotics
Stunts, Blunts, & Hip Hop
1992


僕がヒップホップを聴き始めたのは1992年頃なんだけど、『Stunts, Blunts, & Hip Hop』は僕が最初に買ったヒップホップのレコードの中の1枚だ。Diamond Dはこの時代のプロデューサーとしてはお気に入りの1人だね。彼のライムも好きなんだ。優れたプロデューサーであり、優れたMCでもあるというのは特別なことだと思う。Lord Finesseもそうだね。

Lord FinesseもDiggin’ in the Cratesのメンバーですね。

Big L、Showbiz、A.G.たちはみんなそうだったね。Diamond Dが最初に思いついたから、彼をここではピックしたんだ。僕はこの時代のプロデューサーはかなり好きだな。有名なところではThe Tribe、Grand Puba、Pete Rock、Premierなんかが好きだね。

このアルバムはサンプリングを重視したヒップホップの全盛期にリリースされました。先ほど自分でブレイクを探していたと言っていましたが、ヒップホップにはまったのは、サンプリングの面白さというのも理由の1つにあったのでしょうか?

最初はサンプリングのコンセプトは理解してなかった。僕は自分の聴いている音楽を当然のものとして受け止めていたんだ。でもある時、父が、「なんでこんな音楽を聴いているんだ? 全部盗作じゃないか!」って言ってきたんだ。父は僕にネタ元の音楽を聴かせてくれたこともあったよ。例えばBooker T、ESG、The Shadowsなんかをね。この時に僕はサンプリングというものを独立したアートフォームとして捉えるようになったんだ。

著作権侵害だという議論を巻き起こしそうなこういう類のアルバムは今でも制作されていると思いますか?

勿論。例えばDamu the Fudgemunkなんかがそうだね。彼は凄くオールドスクールな、サンプリング重視のサウンドだから昔を思い出すけれど、時代遅れな感じが全くない感じで聴けるんだ。サンプリングは沢山の若いプロデューサーたちが用いているテクニックだと思う。サンプルの使用許可の問題は、メジャーレーベルでリリースしようとしている時だけの問題になりつつあるよね。エレクトロニックミュージックの世界でもそうだと思う。



DJ Shadow
Endtroducing
1996


サンプリングが好きと言うあなたにとって、このレコードは当然のピックですね。

そうだね。何年も経った今でもこのアルバムでDJ Shadowがやったことは素晴らしいって感じることができる。ヒップホップのトラックは大抵の場合、ドラム以外は1つか2つのサンプルしか使ってない。でもDJ Shadowは同時に5、6個のサンプルを使ったんだ。別に数が多ければいいって話をしているんじゃなくて、サンプルの選び方が秀逸だった。彼は様々なジャンルを聴いて、そこから自分に必要なブレイクやサンプルを1つだけ抜き出した。そしてそれらを組み合わせて、完全に新しいものを生み出したんだ。僕は最近の彼の作品は正直言ってそこまで好きじゃないけど、『Endtroducing』は傑作だと思う。

この作品は本当の意味でのヒップホップではないですよね。

『Endtroducing』でDJ Shadowは独自のサウンドを生み出したんだと思う。自分のトレードマークというかね。僕は彼じゃないから何とも言えないけど、初期Ninja Tune、Coldcut、Steinskiなんかも初期のサンプリング重視のヒップホップと同様に彼に大きな影響を与えていると思うよ。

Kielに住んでいたあなたは、どうやってこういうレコードに出会っていたのでしょう?

北部ドイツは長い間イギリスの管理下にあったから、ラジオでBFBS(British Forces Broadcasting Service)を聴くことが出来たし、他のラジオ局もいくつか聴くことができた。想像できると思うけど、彼らのかけていた曲は地元のラジオ局とはかなり違っていた。ヒップホップ、ジャングル、エレクトロニックミュージックなんかがかかっていたんだ。でもドイツのNDR4というラジオ局にも1つだけ面白い番組があった。この番組は「Black Traxx with DJ Marius No.1」っていう名前だったんだけど、ある日彼がDJ Krushのファーストアルバムをかけたんだ。DJ Shadowと同じというわけではなかったけれど、似たような感じがあったね。こういった感じで、僕はまずラジオで聴いて、そしてお金が入り次第それらを買おうとしたんだ。



Various Artists
Ninja Cuts: Flexistentialism
1996


Ninja Tuneのコンピレーションは沢山出ていると思うけれど、僕はこれをピックした。1996年に僕の両親がクリスマスプレゼントでこれをくれたんだ。さっき話したけど、当時僕はイギリスのラジオを良く聴いていて、その時にColdcutとDJ FoodのSolid Steelに出会ったんだ。あの番組は最高だったよ! 彼らの選曲とアレンジの仕方はミックスというよりコンピレーションという方が近かった。『Flexistentialism』はその音楽性と選曲という意味で、そこが上手く表現されていると思う。

自分でもミックステープを作っていたんですよね?

そうなんだ。最初はそこまで制作に興味を持っていなかったんだよ。僕がやりたかったことはレコードをプレイして、ミックスして、スクラッチするということだった。だから最初にターンテーブルを買った後、まずミックステープを作り始めたんだ。それを友達に数百円位で売ってね。僕が自分でトラックを作り始めたのは1998年、1999年だ。僕が最初に作ったビートはMS-DOSのFasttrackerっていうプログラムで作ったものだよ。多分僕の友達がそのビートが入ったミニディスクをまだ持っていると思うんだ。返してくれないかな(笑)。





自分でDJになろうと思ったのがいつか憶えていますか?

KielにTanzdieleっていうクラブがあって、Finn Johannsenがレジデントをしていたクラブだった。僕は当時14歳位で、まだどのクラブにも入れなかったんだけど、海賊放送みたいなことを彼らがやっていて、偶然Boomerang Clanっていうファンクなんかをかけるグループのセットを録音したんだ。でも実はそれがQ-BertとMixmaster Mikeの『Pumpkin Squeeze Musik』って名前のミックスだってことを知ったんだけど。まぁとにかくそれをベッドに寝そべりながら聴いていて、「なんだこの音楽は? 彼らは何者なんだ? どうやったらこんなことができるんだ?」って思った時がそうだったんじゃないかな。

その疑問を理解したのはいつだったのですか?

KielにSwiftっていうブレイクダンサーがいたんだ。彼と彼のパートナーStormはブレイクダンスシーンでは結構有名だった。彼は小さな店を持っていて、僕はお金が貯まるとそこへ向かってミックステープを買っていた。ある日、僕が店に行くとそのミックスの1曲がかかっていたんだ。それで僕はお店の人にその曲が何かを尋ねたんだ。その曲はBob Jamesの”Take Me to the Mardi Grass”だったんだけど、そのお店の人、Lutzって言うんだけど、彼は僕が興味を持ったことに驚いて、自分の電話番号を渡してくれたんだ。それである日彼は僕をハンブルグへレコードショッピングに連れて行ってくれた。彼は長年に渡って僕に色々教えてくれたんだ。だからもしこれを読んでいるとしたらお礼を言いたい。ありがとう、Lutz!



Boards of Canada
Music Has the Right to Children
1998


ミニディスクやテープについての話が出ましたが、このデュオの初期作品は何年も経ってから存在が明らかになりましたよね。

素晴らしいことだと思うよ。彼らのDiscogsのページを読んだんだけど、彼らの一番古い作品は1987年だって書いてあった。だから彼らが音楽を作り始めたのは16歳とかそこらってことだよね。凄いよ。

さて、このレコードは1998年にリリースされました。ターンテーブリストからBoards of Canadaへはどのような経緯で移ったのでしょう?

僕は多分1998年より少し後にこのアルバムを買ったんだ。でも2000年に向かう頃、僕は少しヒップホップに魅力を感じなくなってきていた。ドイツの音楽シーンにはコマーシャルなヒップホップが溢れ返るようになってきていて、僕の中である意味モチベーションが下がってしまったんだ。でも誤解しないで欲しいのは、僕は別にオールドスクール最高って言っているわけじゃないってこと。でもそういうコマーシャルな作品は僕には意味がなかった。いきなりみんなAdidasやVansを履くようになってさ。ステータスシンボルだったものがいきなり日用品になっちゃったんだ。

それでエレクトロニックミュージックに?

そうだね。Warp Recordsが当時の僕には一番大きな影響を与えたレーベルだったよ。Boards of CanadaやAutechre、Aphex Twin、それにFunkstörungなんかがね。彼らは僕がそれまで聴いたことがない音楽をやっていたから。

でもBoards of CanadaやAutechreは実はヒップホップに大きな影響を受けていますよね。

言いたいことは分かるよ。『Music Has the Right to Children』の中のビートが前面に押し出された楽曲のいくつかはヒップホップに影響を受けているよね。でもそれはあくまでそういう面もあるよっていう話で、Boards of Canadaはぼんやりとした空気感にアブストラクトなビートを独自な方法で組み合わせている。彼らのトラックには常に不安定な感じと驚きが詰まっていて、Boards of Canadaのトラックだって分かる。テクノとヒップホップをまたいだ多くの人たちに彼らの音楽が訴えかけることができるのはそれが理由だと思う。



Theo Parrish
Overyohead
1999


さて、デトロイトですね。

Theo Parrishだね。誰かに一番影響を受けたレコードはどれですかって訊かれると、僕は長年に渡って色々な音楽を聴いてきたから、難しいなと感じてしまう。数枚だけ選ぶなんて無理だってね。実際今までこうして話してきたレコードの代わりに他のレコードを選んだっていい位なんだ。でも何百回聴いても色あせないこの”Overyohead”のような特別なトラックも存在するよね。

どうして色あせないのでしょう?

こにSP1200があるのが見える? (デスクの上のドラムマシンを指さして

ええ。

これはヒップホップのプロデューサー用のクラシックな機材なんだけど、Theo Parrishは凄く上手にこれを使っていて、その使い方は素晴らしいんだ。”Overyohead”は乾いた、機械的なドラムパターンから始まって、その後にコードワークが5分位続いて、7分後位からピアノが入ってくる。この展開は本当にグッと来るよ。





このトラックは、あなたがハウスミュージックを作り出すきっかけとなった1曲だったのでしょうか?

いや、この曲は随分後になってから知ったんだ。僕はゆっくりとハウスへ移行していったんだ。AutechreやBoards of Canadaのようなエクスペリメンタルなビートからクラシックな4/4ビートへゆっくりと移っていった。ハウスやテクノは僕にとって新しかったから、凄くエキサイティングだったな。ヒップホップを始めた時と同じ感じで、とにかくそこに飛び込まなければならなかったからね。レーベルをチェックして、関係性を理解していってね。僕がMoodymannやPépé Bradock、Theo ParrishやSound Signatureなどの大御所を知ったのは2004年位だった。Playhouseも僕にとっては重要だったね。



Azymuth
Jazz Carnival (Space Jazz Mix)
1996


このレコードは常にレコードバッグに入っているかな。もう(Global Communication Remixは)何回もかけているから、プレイするのが怖い位なんだ(笑)。でも大好きなトラックだよ。DJセットではスタートにも使えるし、ある程度の雰囲気が出来上がっているならばこれで終わらせてもいいし。ピークタイムにも使えるよね。

これはAzymuthが1970年代後半にリリースしたジャズファンク”Space Carnival”のリミックスですが、オリジナルは聴きましたか?

うん。でもこのリミックスでは分からないよね。オリジナルとは全く違う。

Global Communicationがリミックスをしているのは面白いですよね。彼らはアンビエントな作風のイメージが強いですよね。

彼らはそれなりにダンストラックを過去にやっているよね。他にも”The Way”ってハウストラックがあったよ。これも素晴らしいトラックだよ! こっちでも良かったかな。

これがあなたの好きなハウスということなのでしょうか?

状況によると思う。僕は家にいる時はクラブでプレイするのとは全然違う音楽を聴いているからね。でもクラブという意味ではこれはかなり好きなトラックということになるんじゃないかな。

Words / Eike Kuhl
Translation / Tokuto Denda
Published / Friday, 11 May 2012

Photo credits /
Christian Olofsson


Share this article



Features















Other features
RAのJono Buchananが最も大きな誤解をされている制作プロセスの1つを簡素化する。
RAのJono Buchananが最も大きな誤解をされている制作プロセスの1つを簡素化する。
テントやブーツを持ったなら、6月の究極のフェスティバルを求め、RAと旅に出よう
テントやブーツを持ったなら、6月の究極のフェスティバルを求め、RAと旅に出よう
Tornado Wallace, Mic Newmanをはじめとするアーティスト達が住み、現在最も活気づくハウス・ミュージック・シーンが存在する都市、メルボルン。RAのTyson Wrayが街の現在を探る
Tornado Wallace, Mic Newmanをはじめとするアーティスト達が住み、現在最も活気づくハウス・ミュージック・シーンが存在する都市、メルボルン。RAのTyson Wrayが街の現在を探る



RAについて  
スタッフ  
モバイル (beta)  
イベント投稿  
Copyright © 2013 Resident Advisor Ltd.
All rights reserved. 利用規約 & プライバシー.