Giovanni Conti: マスタリングに立ち会えないという人とのコミュニケーションは特に大事だ。そうしないと彼らの考えを想像するだけになってしまうからね。マスタリングで一番気に入っている部分は、自分たちが感覚的に当然だと思っている部分に色々気付かされるという点だよ。トラックを受け取った時は、一体それを誰が作ったのか、何故作ったのか、どこの部分を本人が気に入っているのかに対する知識は無くて、自分には大雑把な外観図しかないんだけど、10分かけてそのトラックを2回聴けば、細かい部分まで理解していくようになるんだ。
Giovanni Conti: 僕の場合は、今まで聴いてきた全ての音楽の記憶だと思う。6歳の頃から1日8時間から18時間位音楽を聴いていた。それで自分の中に知識、つまりプロフェッショナルに制作されたトラックがどうやって聴こえるべきかについての知識を蓄積していった。結局、マスタリングというのは技術的な作業なんだ。ノブやスレッショルド、レベルなんかをいじって…。本当に「エンジニア」なんだなと思う。だからマスタリングエンジニアって名前なんだけど、とにかく僕たちは非常に感情的なものを技術レベルで扱っているんだ。だけど、マスタリングエンジニアが勘違いを起こしてしまうのもこの部分なんだ。技術的な部分を重要視し過ぎてしまう。僕たちは別に橋を建てているわけじゃない。音楽をより良く聴こえるようにするのが僕たちの仕事なのにね。ちなみに「より良く」っていうのは、僕の考えではより多くの感情を持ち込み、雰囲気を提示させるっていうことだ。
機材は関係ないと考えているようですが、実際は何を使っていますか?
Giovanni Conti: 機材が関係ないというのは、それが最新だったり、最高級だったりする必要はないっていう意味だ。30年前の機材でも先月発売された機材よりも良い音を出せたりする。重要なのは、機材に対してしっかりと理解しておくこと。例えばコンプレッサーならば、それを使って音にきちんと個性を加えることができるようになっていなければならない。もしくはプリアンプだったら、プラグインではできない形で低音にパワーを与えることができなければならない。僕たちはパンク的な価値観で育ってきたから、安い機材で出来る限りのことをやろうとするんだ。サウンドカードは5000ユーロするから安くはないけど、でもビッグなスタジオみたいな、30万ユーロもするような機材は持っていないよ。僕たちが持っているのはDrawmerのプリアンプ1962だ。
このプリアンプが優れている点は? 何故これを選んだのでしょう?
Giovanni Conti: 3つのチューブが備わっているという点だね。インプットに1つ、ノブでコントロールできる奴が1つ、そしてアウトプットに1つ備わっているんだ。サウンドをデジタルから電気信号へ変化させて、それを真空管かアナログ回路に通す時、サウンドはもうゼロワンの世界じゃなくなる。音の芯に迫っていくんだ。プラグインでも真似はできるけど、プラグインにはノイズが存在しない。ノイズとハーモニックディストーションを信号に加えるというアイディアは直感的には理解できないと思う。というのは、通常なら「マスタリング用にはとにかくクリーンに聴こえる機材が欲しい」と思うのが普通だからね。でもこのDrawmerは少しノイズを加える。だけどこれはトラックにとっては良いことなんだ。特にデジタルで制作した音を処理すると、そこに物理的な存在感を与えてくれるんだ。僕たちは他にもトラックに色を加えてくれる機材を持っているよ、Overstayerとか…。
Daniele Antezza: Overstayerは僕も大好きだね。小さくて強烈なんだ。
小さくて強烈?
Giovanni Conti: 素晴らしい機材だよ。L.A.に住んでいる人物が作っているんだ。確かGod Lives Underwaterっていう名前のバンドでドラムを叩いていた人物で、名前はJeff Turzoだったと思う。このコンプレッサーは基本的にはマスタリングコンプレッサーじゃないし、マスタリングユニットでもない。これはロックバンドのドラムをレコーディングする時に使うコンプレッサーなんだ。サチュレーションのノブがついていて、低音の芯が持ち上がって、あとは高音域の倍音を加えることで低音を知覚的な意味で低音らしくしてくれる。クリーンでパワフルな音になるんだよ。知覚的な意味でって言ったのは、実際に耳で聴いている低音は、低音の「基本周波数」ではなくて、分離によって生まれる「高音域の倍音」の部分なんだ。音が明確になればなるほど、高音域が聴こえるようになる。20Hzや30Hzよりも200Hzの方が簡単に聴くことができる。30Hzというのは可聴範囲じゃない。これは空気の振動レベルの音なんだ。
買ってから、「欲しかったのはこれだ!」と感じた機材はどれですか?
Giovanni Conti: 多分API2500かな。APIはマスタリングコンプレッサーとして考案された機材じゃないけれど、この機材がトラックに与えることができる色が凄く特徴的だから、年々マスタリングエンジニアが使う頻度が高まっている機材なんだ。でも僕たちはコンプレッサーとしては殆ど使うことがない。使っても1db、2db程度かける程度だ。もしミックスで目立ちすぎている部分があって、その周波数を少し落ち着かせたいという時や、低音が大きすぎてぐしゃっとしている時に多少使う位で、後は基本的にサウンドに色を加えるために使っている。多用されている機材だから、みんなAPI2500の音はすぐ区別できると思うよ。
Giovanni Conti: ATCのスピーカーだよ。色々情報を得て、実際に聴きに行った時に、凄くフラットな音だったんだ。以前はADAMのラウドスピーカーを使っていた。これも素晴らしいスピーカーだよ。金属製の膜(メンブレン)の特殊なツイーターなんだ。でもATCのスピーカーは柔らかいシルク製の膜(メンブレン)がツイーターに使用されているから、真逆なんだ。ADAMのラウドスピーカーは、例えるならステロイドで強化された高音域を聴いているような感じなんだ。全てが完ぺきに聴こえるし、明確で煌びやかに聴こえる。でも特徴がありすぎで、聴いていて疲れてしまうんだ。
Giovanni Conti: マスタリングにおいてサウンドカードに求められる部分は、再生時に周波数のブレが生じないという点だ。ある程度高価な製品でないと、チップ、IC、あとはコンポーネントなどで歪みが生まれたり、位相、ジッター、それにカラーレーションの問題が生じたりするんだ。ビッグなスタジオには高価なサウンドカードが3、4種類備えてあるけど、僕たちが持っているのはPrism Sound Orpheusで、ニュートラルで透明度の高い音を出す製品だ。
Giovanni Conti: 僕がライブで担当しているエフェクトチェーンは、デジタルサウンドを処理して、1つの音から空間を生み出そうと何年も試してきた結果として出来上がったものなんだ。昔オーディオビジュアルのインスタレーションをやっていた時はMax/MSPを使っていて、DVDから既に出来上がっている音楽を取りだして、そしてセンサーデータを変数として使うことでその音楽をMax/MSP内で処理していた。オートマティックなサウンドプロセッシングチェーンを作成していたんだよ。僕はその場はいなかった。機材を1カ月以上放っておいて、でもシステムは完全にオートマティックに機能しているという状況がよくあったね。またレンジセンサーやビデオトラッキングデバイスなどからも数値を取り出して、その値をリバーブやディレイ、フィルター、またはサウンドのトリガー用の変数として使用したり、3Dの映像合成を操作したりしていた。
自分でも複雑だと思っていますよね?
Giovanni Conti: 僕は沢山のMax/MSPのパッチを持っているから、ライブセットをやるって決めた時に、これをダンスフロアでも活かせるんじゃないかって思ったんだ。それが上手くいっている。僕たちが最初に走らせるシーケンスは本当に簡単なものなんだ。聴こえてくる複雑な感じや動きは、僕がシンプルなMIDIコントローラーを使って並行して走っているトラック同士を操作して、お互いにフィードバックを与えることで生まれるんだ。
Daniele Antezza: 凄く高価なMIDIコントローラーなんだよ(笑)。
Giovanni Conti: 11年間使っているけど、大好きだね。ノブは16個しかないけれど、操作するパラメーターの数は60位あると思う。各パラメーターに最小値と最大値を設定して、その範囲で自分の好きな音を出していくんだ。勿論良い音を出したり、キック1つから豊かな質感を得たりするのには時間がかかるけど、その後は別に大変じゃない。実際、使っているエフェクトはAbletonのデフォルトのプラグインみたいなものなんだ。複雑なプラグインは使っていなくて、殆どがディレイやリバーブ、フィルターだ。それらを適切なシーケンスで使えるかどうかということが重要だ。
Giovanni Conti: 僕にとっては、自分が何をしているのか考えなくなるような精神状態にいけるかどうかだ。つまり本能で行うだけというか。音楽的な知識から来るのではないし、他のレコードを聴くことによって生まれるものでもない。ある瞬間に生まれる関係性みたいなものだね。上手く言えないけど、神秘的な経験なんだ。
Giovanni Conti: 僕の個性の形成という点で言えば、技術的な自分という部分は、自分の考え方やアイディア、感情を、他人に対して効果的に発信することができるように形にするための必要悪だとしか考えていない。僕たちは完ぺき主義者だからキックやEQの調整に一晩を費やすことが出来るけれど、同時に2時間でアレンジを終わらせることも出来る。そしてその時に聴き直してみると「ワオ!これはいいぞ!でもどうやってやったんだ?」という感じになるんだけど、どうやったかは覚えていない。時々こういった無限で時間感覚がなくなるような感覚に陥るんだ。
Giovanni Conti: 僕の中にあるパワーの1つに、今のギリシャで起きていること、今のヨーロッパ、そして10年前にアルゼンチンで起こったことに対する失望と怒りというのがある。これはさっき話した精神状態になるため使うパワーだよ。そして僕が何に失望するかというと、多くの若者や知性ある人々、そして色々なことを理解できるはずの優秀な人々が、自分たちの世界で何が起きているかを気にしていないということなんだ。テレビの向こうで起きていて、自分から500メートルの範囲内に来ない限り、自分たちの生活には関係ないって考えているんだろうね。
エレクトロニックミュージックはそういう世界について何か言えると?
Giovanni Conti と Daniele Antezza: そうだね。
Giovanni Conti: DJやパフォーマーは何時間もプレイすることで、沢山の人たちとエネルギーを交換できると思う。そうすることで人々の目を覚ましたり、彼らが家に帰った後、何かしらの現実にアクセスしたりすることを可能にする。つまり現実の受け取り方を変えることができると思うんだ。プレイしていて楽しいと思える瞬間の1つは、沢山の人たちが僕たちのところへ来て、「祈祷的な経験をした」と言ってくれる時だよ。ロシア、ベルリン、ポーランド、アメリカで同じ意見をもらえたんだ。世界の別々の場所で、みんなが同じ言葉を選んで自分たちの経験を語ってくれた。これは素晴らしいことだよ。そして同時に衝撃的だった。僕が欲しいのはこういう経験だ。僕はこれが欲しいから存在しているんだ。僕は人々をただ楽しませてダンスさせて、仕事のことを忘れさせるために存在しているんじゃない。人々を新しいレベルの現実世界へ導きたい。そしてそういう状態になってくれれば、それこそが僕にとっては凄く大きな報酬で、1万ユーロをもらって2時間コマーシャルな音楽をプレイするよりもよっぽど価値がある。勿論、僕たちにもお金は必要だし、家賃を払ったり、食料を買ったりしなければいけないけれど、お金を生むために音楽を利用するのは、ミュージシャンとして最悪の行為だと思う。非物質的なコミュニケーションという音楽の本質に対する背信行為だね。