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John Foxx: Mr. Yes
John Foxx: Mr. Yes

シンセポップのパイオニアJohn Foxx、そして現在共同作業を行っているパートナーBengeに話を聞いた。

1981年にリリースされたJohn Foxxのシングル「Burning Car」の最後の曲は”Mr. No”だったが、この曲名が彼のテーマだと考える人がいても仕方のないことだろう。1970年代後半、スターダムへと駆け上がり始めたUltravoxからの脱退、伝説に残るシンセアルバム『Metamatic』と『The Garden』を発表したソロ名義での活動、90年代の音楽活動からの引退、そしてグラフィックデザインの探求など、Foxxは今まで何回もバートルビーを演じようとしてきた。しかし裏を返せば、彼は「辞める勇気」を持った人間で、同じことを繰り返したくない人間、そう、つまりはMr. Yesでもあるのだ。

昨年のUnsound FestivalでRAはLive Exchangeを開催したのだが、その一環としてFoxx、そして現在彼と共同作業を行っているBengeを迎えてディスカッションを行った。この2人は最近アルバム『Interplay』をリリースしており、この時も基本的にはこのアルバムについてのトークが続いたのだが、雄弁なFoxxがかなり熱心に答えてくれたため、今回改めて編集/要約し、この場を借りて発表することにした。ディスカッションは聴衆を迎えて行われ、RAのTodd L. Burnsが進行役を務める中、FoxxとBengeが2人のパートナーシップ、アルバムの制作過程、そしてキックドラムのパワーになどについて語ってくれた。







新しいアルバムはあなたにとってある種シンセポップへの回帰と言えるものですよね。なぜ今なのでしょう? そしてなぜまたこの方向性に取り組んだのでしょう?

John Foxx: こうなったのは色んな意味でアクシデントだった。Bengeは『Twenty Systems』というアルバムをリリースしたんだが、このアルバムではシンセサイザーがキャラクターを失わずに鳴り響いている。つまり、このアルバムでのシンセサイザーは他の楽器の代役という扱いではないということだ。オーケストラや鐘の音を真似ようとするのは非常に馬鹿げた行為だと思う。正しいシンセサイザーの使い方ではない。Bengeはあのアルバムで、他のどの楽器でも生み出せない音を鳴らしていて、要するにシンセサイザー自体の音を鳴らしていた。アルバムを聴いた私は彼と一緒に仕事をしたい、そして何かアブストラクトな音楽を作りたいと思ったのだが、その方向性は中々上手くいかなかった。

どの時点で「ポップ」な作品になると思ったのでしょう?

Benge: 多分1曲目の制作途中だね。

John Foxx: 自動的にリズムループが鳴るようにMoogをセッティングした際に、いきなり曲を生み出すことができた。勝手にメロディー、リズム、ハーモニーが重なり合っていく感じだったから、私がそれに合わせて直感的に歌いだしたという訳だ。機材に導かれるという手法は、素晴らしいと思う。機材が主役で、私たちは彼らが生み出す音を聴くだけでいい。そこにBengeが新たに他の機材をセットアップして、素晴らしい形で合わせてくれた。

Johnに伺いますが、アルバムの歌詞のテーマは過去の作品と何か共通点がありますか?

John Foxx: ああ。私はいつも男、女、都市といった基本的な物事について歌詞を書く。自分が基本的に都市部に住んでいるというのがその理由だ。そしてこのテーマの持つ意味合いは今非常に大きくなってきていると思う。というのは、今は殆どの人が都市部に住んでいるからだ。またこうした状況下で起きている事象は非常に興味深い。私たちは都市部に住み、そして生き抜くために自分たちを適宜変化させながら生活しているが、このプロセスは非常に詩的な要素を含んでいると思っている。別に偉そうに言うわけではないが、人々が他人や自分が住む都市に自分を順応させていく姿は非常に感動的だ。人々は上手く生きていくために、もはや自分を一度分解して都市との協力体制を再度築かなければならない。この行程から生まれる小さな相互作用、そして大小問わずの結果は本当に魅力的だ。1日中カフェにただ座って過ごすことだって可能だし、実際そうすることもある位だ。これは流れが止まらない美しい海の一部になるようなものだ。そして私の歌詞の多くは、このプロセスを説明しようとしたものだ。

制作時には音響的にしっかりしたスペースが重要だとあなたが話している記事を読んだことがあるのですが、今回のアルバムではその部分の必要性はあったのでしょうか? そしてそうだった場合そこはどう影響したのでしょう?

John Foxx: 今回は2人ともそこまで考慮しなかった。というのは、ある意味今回の作品は全てが人工的と言えるからだ。.

Benge: 今回僕たちが設けたルールのひとつが、プラグインを使用しないということだった。全てのエフェクトは実機を使ったけれど、なるべく処理しない生の音を活かそうとした。僕たちはそれがアルバム全体のトーンを象る非常に重要な要素だと感じていたんだ。荒々しい感じはかなり気に入っているよ。

John Foxx: 「不完全である」ということがアルバムの哲学だった。私は「完ぺきな音楽」が嫌いだからね。私は「やり過ぎている」ものが大嫌いだ。完成された絵画、何も絵筆の痕跡が残っていないような絵画は見るに堪えられない。痛々しいし、全く楽しめない。しかし例えばドガの絵を見ると、そこには人や物の動きが残されている。これは別の話になるが、絵画にはこの部分が凄く重要だと思っている。

私は以前美術学校に通っていたが、ひたすら完ぺきを求めることで自分たちを潰していく多くの友人を見て、自分はそうならないようにしようとその時に決めた。全てにおいて完ぺきを求める人がいる。服装も、思考も、髪型も、そして人間関係も完ぺきであろうとする。だが私にそれは必要ない。かつて自分がそうだったから、そこへ戻りたくはないんだ。だから私にとっては「不完全」であることが重要なのだが、これはスキルだ。勿論私は問題なく「不完全」の領域に到達できたよ(笑)。もし偶然「完全」に到達してしまったら、自殺するだろうね。

Bengeに伺います。レコーディングにはどの位の時間がかかりましたか?

Benge: 1年以上だね。毎日取り組んでいたわけじゃないけれど、かなり長い時間がかかった。2人ともレコーディングに当たって用意してきた素材がなかったし、やりながら全体を組み上げていったからね。

自分のソロ作品に還元された部分はありましたか?

Benge: 決まったシーケンス上での作業をやり過ぎないという手法はJohnが教えてくれたものだ。だから僕が今取り掛かっている自分の作品はその影響を受けて完全に自由なスタイルでやっているよ。

John、あなたは今の話を聞いて笑顔になっていますが?

John Foxx: エレクトロニックミュージックはシーケンスによって固定されていて、人々はそのシーケンス内に全てをきっちりと決め込んで組まなければいけないと思っている。しかし、そういったルールに背を向ければ、何か流動的で面白いものを生み出せるし、他の方法を使った相互作用を生み出すことが出来る。機械的なもの、またはフレームワークのようなそぎ落とされたものを生み出すのは素晴らしい感覚で、今回私たちが行ったのは、そこに有機的な動きを埋め込むという作業だ。技術的な部分が許す限り、素晴らしいものを生み出せるだろう。

レコーディング中に聴いていた音楽は何かありますか?

Benge: Arthur Russellだね。80年代初頭にニューヨークで活躍していたアーティストで、ディスコトラックを作っていた人物だが、奇妙なチェロの作品もリリースしている。このようなチェロの作品を聴くと、本人が行き詰まりを感じて、しばし忘れていた方向へ足を向けたかのような印象を受けるよ。

John Foxx: 私はどのアーティストの作品を聴いてもそういう印象を受ける時がある。他の方向性に行けたのではないだろうかと感じるような作品をいつも耳にするし、そういう作品に私は凄く惹きつけられる。Kraftwerkの”Neon Lights”がそうだ。この曲はまるで現代版フランク・シナトラのような方向へ向かっているかのように感じられる。バラードのスタイルを踏襲していて、非常に感情的だ。そして盛り上がっていくかのように聴こえるが、実際は盛り上がらないで終わる。Kraftwerkは自分たちのスタイルを使い切ってしまったんだと思うが、別に悪意を込めて言っているわけではない。彼らは天才だと思うし、彼らの音楽は素晴らしい。ただし、人間のアイディアには限りがあるということだ。この曲はそういう意味で変化のチャンスを逃してしまった作品だと言える。これは画家や映画監督にも言えることだ。私は他人の作品でこの部分を見つけ出そうとしているし、また自分の作品でも、自分がより知的な思考と広い許容範囲を持つことができていたら、どのような方向性に向かっていたのだろうかと振り返ろうとしている。



「もし偶然『完全』に到達してしまったら、
自殺するだろうね。」



それは面白いですね。自身のキャリアを振り返ってみてどう感じていらっしゃるのでしょう?

John Foxx: 私の場合はどのタイミングもそのようなタイミングだったと言える。ギターを使っていた時代、1977年にはアンビエントを作ることができただろうし、あるいはもっと単純に、純粋なポップミュージシャンとして進むこともできただろう。朝の5時に目を覚まして「 ああ、あの子と結婚できていたらな!」と思うような瞬間は誰にでもある。そして音楽はこのような感覚にかなり近い。自分で選択を重ねていくが、その行程が経済的な状況やアクシデント、そして偶然の出会いなどによって決定されていく時がある。だから音楽は面白いんだ。

Kraftwerkについて、彼らはアイディアを使い切ってしまったという趣旨の発言をしましたが、自分のアイディアは出尽くしてしまったと思いますか? また、その点について心配することはありますか?

John Foxx: 答えはノーだ。というのはそう思ってしまった時点で終わりだから。私はアイディアを使い切ってしまうことに関しては別に何とも思っていない。限界のある中で仕事をするのは好きだ。何故なら限界が無い中では作業は何もできないからだ。最悪なのは選択肢が多すぎる時だ。また制限を設け過ぎて、制限と制限の間にあるべき自由なスペースが消えてしまうことで、自分の作品を抑制してしまうこともあるが、これも危険な傾向だ。修正や変更が可能な制限を設ける必要がある。

Benge: 自分をクリエイティブにしてくれる要素のひとつは、他人とコラボレーションをしていくこと。これによって自分の勢いを維持することができる。Kraftwerkの場合はコラボレーションがなかった。バンド内の4人の間だけで行われていたからね。コラボレーションは自分をフレッシュに保ってくれる。

John Foxx: その通りだ。私は社交的だし、他人と一緒に作業するのが好きだ。2つの要素があれば、3つ目のアイディアが生まれてくる。2人が一緒になるということは3つ目のアイディアを得るということだ。そしてこの3つ目のアイディアというものは1人では決して生み出せないものなので、非常に面白い、変わったものとなる。これがコラボレーションのもたらす結果だ。







この時点で、質疑応答の時間となり、アルバムで使われているドラムマシンについての質問が聴衆から出た。

Benge: 実はJohnが使ったドラムマシンは2台だけで、これはスタジオにまだ残してある。非常に独特なサウンドを持っているマシンだ。特に僕たちのような機材オタクは他の方法では生み出せないサウンドを作るから、「正しい」音を得ようとかなり細かくいじって使っているよ。

John Foxx: 2点言わせてもらいたい。Bengeがドラムマシンに重ねる形で素晴らしい生ドラムやシンセドラムを演奏してくれているから、実際は2種類のドラムが重なっているという点がひとつ。そしてドラムマシンは… 聴きに来ているあなたたちをうんざりさせるつもりは毛頭ないが、素晴らしい機材だという点がもうひとつだ。生ドラムでは演奏できない演奏が可能だというのがその理由だ。生ドラムより速くしたり、遅くしたり、または正確に演奏させたりすることが可能で、エフェクトも素早くかけることができる。そして私たちは人間が演奏している生ドラムに反応するのとほぼ同じスピードでドラムマシンの音にも反応することができる。例えばキックは心臓の鼓動を再現している。これは子宮にいる時から私たちが知っている音だ。私たちは子宮にいる時に、母親の鼓動と自分の鼓動をシンクロさせる。母親が興奮すれば、私たちも興奮する。母親の心拍数が上下すれば、私たちの心臓も同じように上下する。

つまり不思議なことだが、取り巻く環境や他人の鼓動と自分の鼓動をシンクロさせるというのは人間の基礎機能というわけだ。だからダンスフロアでこの大きな「鼓動」が鳴っている時、私たちは母親の鼓動に合わせるように、全員がそのビートにシンクロする。私たちが強い低音を生み出す巨大なサウンドシステムを好むのはこれが理由だ。私たちは子宮へ戻り、母親の鼓動とシンクロするような感覚になる。そしてその鼓動がゆっくりと上昇すれば、自分たちの鼓動も上昇する。本質的にはどのダンスイベントも子宮の中にいる状況だということだよ。

Translation / Tokuto Denda
Published / Friday, 13 January 2012


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