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Goth-Trad: Inside the maze
Goth-Trad: Inside the maze

日本のシーンで最も先鋭的なダブステップ・プロデューサーはそのニューアルバムの制作において昨年の東日本大震災がある部分で大きなインスピレーションになっていると語る。Naoki E-JIMAがその言葉の真意を探った。

ロンドンで生まれたまったく新しいフォームの音楽がようやく「ダブステップ」という呼び名を与えられた頃、日本にいながらにしてGoth-Tradはすでに本人の与り知らないところでそのシーンの先頭を駆け抜けていた。彼はダブステップ黎明期のビッグネームたちに大きな影響を与えるトラックの数々を生み出し、国外をツアーし、日本国内においても自身のマンスリー・パーティーBack To Chillを通してその新たな音楽的ムーブメントの種を蒔いて着実に育んできたのだ。

はたして恐るべきスピードで、ダブステップは世界的な現象となった。しかし、彼自身のニューアルバムを通して聴こえてくるのは、Goth-Tradは自分自身の外の世界の音楽にはさほど興味をもっていないという事実だ。Mars Voltaのようなインディー・ロック・バンドの前座を務めつつ、自分の機材すら自作している彼のような男は他にはいない。『New Epoch』はたしかにサウンドという点での進化を示しているが、そこに通底した「Goth-Tradらしさ」はやはり不変のものだ。

この『New Epoch』における少なくともいくつかのインスピレーションは2011年3月11日に発生した東日本大震災がその源になっているという。Naoki E-JIMAとの対話を通して、この称賛すべきDJ/プロデューサーによる今回の大震災が日本にもたらしたインパクトの甚大さ、そして彼自身の未来に対する希望を紐解いてみよう。







今回のアルバムについて、作り始めから完成するまでどれくらいの期間がかかっているんですか?

具体的にアルバムを仕上げようと思ったのは2010年で、1年半くらい前からですね。

その時点でアルバムに収録する曲が揃っていたということですか?

曲数で言えば十分にあったんですけど…アルバムは自分にとって“単曲をまとめたもの”ではなくて”アルバムひとつがひとつの曲”という思いがあるので、まだ完成させられるイメージがなかったというのがあって。で、去年くらいから、自分の曲をセレクトしてまとめて通して聴いてみて、これだったらひとつのものとしてまとめられるっていう感じになって。

その中で、「これならいける」って思った、鍵となった曲ってありますか?

やっぱり、いちばん最後に入っている”New Epoch”というタイトルの曲が出来たときに「これを軸にアルバムをまとめられるな」と思ったんですよね。

この曲のタイトルは、曲ができたときにすぐに決まったんですか?

はい。

どういう意図があるんですか?

アブストラクトなんですけど…自分が生きている中で、特に今年の日本でも色んなことが起きて、色んなことに目覚めたり気付いた人って多いと思うんです。そういうこと自体は、3月の地震以前から自分の中ではあったんですが。メディアとか政府の情報にしても、日本人って疑わないんですよね、“ひとがいい”というか。そこで3月の地震で起こった原発の問題と政府とメディアの情報に対して「あれ?」って意識的に思った人は多いと思うんです。自分も確実に再認識した部分もあるし。「騙されていたのかな?」という意識が芽生えたというか、良い意味でそれって俺の中では人間としてのレベル・アップというか…大袈裟な言い方なんですけど、日本が変わるというか、次の次元や次のレベルに行くんじゃないのかな?という自分の希望とか妄想が、3.11の出来事で明確になって"New Epoch"という言葉を選んだんです。

実際、3月11日以降に作り始めた曲はありますか?

1 曲目の"Man In The Maze"ですね。自分のビートのストックの中でも凄く仕上げたかった曲で、ある程度の形…メロディの一部だったりとかイントロの部分だけは出来ていて、でもそこから仕上げられなくて。でも、この曲は絶対に仕上げてアルバムに入れたいと2年くらい前から思っていて。で、3月11日の後にアイデアとタイトルがバッと浮かんで、仕上げたんです。


アルバム全体のコンセプトいうのは、3月11日以降の気分というのが反映されているのでしょうか?

そうですね。自分の中では衝撃的なことだったし…日本に住んでいる人はみんな被害者だと思うし、本当に困惑して…。”Man In The Maze”は、みんな困惑している中、どうしたらいいんだろうとか、歯痒さとか苛立ち、怒りだとか、そういうものを持っていて。

でも個人ひとりというのは小さな力だから…変わるのか、「国が変わってくれるのか」という。自分も子供がいるんですけど、そういう部分でも凄く苛立ちを感じるし。もう日本には住めない状態なのかもしれないし…。そんなこと、みんな口には出せないけど、それくらい深刻なことで。ショックであった部分と悲しかった部分、そして怒りと。でもみんな、またビルド・アップして頑張っていく“希望”という部分…そういう気分を全部、詰め込みたいなというのがあって。

いま思えばなんですけど、このアルバムを震災前に完成させていたら全然違ったものになっていたかもしれないですよね。いま話してくれたことも、アルバムを聴くと分かるというか…混沌の中にある力強さを感じます。取って付けたような意味ではない“日本人らしさ”を感じました。“上手く英語に訳せない感情”のようなものを含めた日本人らしさ、それに加えてストイックさと緻密さがあって。それが3月11日以降の空気と反応しあっている気がして。これがそれ以前に出るのと現在、2012年1月に出るのは意味合いが全然違う気がして。

はい。

“これまでのまとめ”としてのアルバムではなくて、ここから新しい何かが始まるような…。

それを感じてくれると凄く嬉しいですね。音楽的な面でも、そういう部分は凄く考えて曲を選んだし。”Strangers”というのは新しく作った曲なんですね。自分でアルバムの曲を選んで並べたときに、自分が過去にリリースしてきた音楽で、ノイズとかインダストリアルだとかも自分の要素のひとつなので、そういうものも散りばめつつ、さらにそこから色んなダイレクションが見えるような状態にしておきたかったんです。



「もう日本には住めない状態なのかもしれないし。そんなこと、みんな口には出せないけど、
それくらい深刻なことで。」



個々の曲では、着想というかイメージのようなものがあって作っていくんですか?

作り始めというのは曖昧で、普段「このベースライン」みたいな感じで思いついて録っておく、という作業を結構していて。ビートだけとか、パーツだけのデータっていうのはたくさんあります。自分が以前に作ったものとは別のものを作ろうという意識は強くあるので、ドラムやベースの音色を使い回すようなことはあまりやりたくないんです。で、作り始めると、フロアでどういう鳴りをするかとか、お客さんがどういう反応をしてくれる曲なのか…最終的には自分のセットに持ってくる曲なので、自分のDJセットだったりライヴセットの中でどのポジションにくるか?というのを考えながら作りますね。

今回のアルバムの曲順は、ライヴでの流れを意識して?

部分的にはそういうものも作っているんですけど、DJミックスとかになってくると、1曲5分とかで全部を使うわけではないので。60分のアルバムと60分のDJセットはやっぱり違うと思うので、間に”Strangers”のような曲でフックをかけて展開を付けないとな、というのもあったり。

アルバムが完成して、最初に通しで聴かせたのは誰ですか?レーベルには曲単位で聴かせていったんですか?

レーベルにはマスタリング前に聴かせていますね。でもほぼ「自分の好きなようにやっていい」という感じなんで、あとは感想を聞いたりとか、曲順をチェックしてもらったりとかですね。

アルバムの完成までに迷いは殆どなかったんですね。

そうですね。Deep Mediも自分のことを信用してくれて、「自分が好きなようにやったアルバムを出したい」という感じなんで。だから、自分で全てを決定しなきゃいけないという、良い部分でありちょっと不安でもあったりする部分もあるんですけど、でも自分で何回も聴いて、「これは自分でも好きだ」と確信できる作品ができたので、迷いは一切なかったです。

そういう揺るぎなさは、今までのアルバムとも変わらないですか?

そうですね、変わってない。アーティストって2パターンいると思うんです。アンダーグラウンドでも売れるものを目指す人と、どんどん新しくクリエイティヴな方向に、自分が満足する作品を世の中に出していくアーティストに別れていると思うんですよね。自分も、この2~3年でダブステップのシーンが大きくなって、ポップな方向に行くアーティストも見てきたので。自分に関しては、プログレッシヴな部分を期待しているファンが多い…ありがたいことに、そういう部分が強いので。いままでのお客さんやファンが予想したことを裏切ることになるかもしれないけど、それがやっぱり自分のやり方なんだな、って思うんですよね。ノイズやってた頃から 『Mad Raver’s Dance Floor』を出して…とか。でも結局は自分から発しているもので、その辺の間違いはないので、そこは自信をもって打ち出していきたいなって。

現在、どんなペースで海外に行ってるんですか?

年にもよるんですが、大体、春と秋に1ヶ月くらい。今年は6月にフェスと、9月にはOutlook Festivalもあったり。あとはアルバムのマスタリングだったり、今年は4ヶ月くらいですね。

制作に影響が出たりはしますか?

影響することもありますけど、日本にいるときに集中して仕上げる感じですね。逆に、そういうきっかけがあると、それまでに曲単位で仕上げてツアーに挑む、という良い部分でもあるので。

Goth-Tradは、それこそダブステップがダブステップと呼ばれる前から音楽を作っているわけですが、自身では現在「ダブステップを作っている」という感じですか?

う~ん。”ダブステップ”という言葉自体が自分の中では難しい状況にある、というか、一般的な“ダブステップ”という単語に対するイメージと、自分の “ダブステップ”というイメージというのは多分、違うのかもしれないなというのはあって。ベース・ミュージックであるというのは確実なんですけど。でも敢えてやっぱり「これがダブステップ」とは言いたいですね。

自分にとってのダブステップって、凄くプログレッシヴで、ルールがなくて、っていう。2006~2007年の12インチって本当にそうだったと思うんですよ、全部買っても全部違うサウンドというか。今はどれが誰の曲か分らないくらい似たような音色、っていうのが沢山リリースされていると思うんです。そこに飽き飽きしている人がヨーロッパでも増えてきていて。本当に好きなファンたちは、オールドスクールというか本来の“ベース・ミュージック”っていう部分に戻ってきている感は凄くあって。いいプロデューサーもたくさん出てきているし。そういう意味で、タイミング的に今年EPを出せたのは凄く良かったのかなというのはあります。



「こういう音楽をやっていると、海外指向って
のが増えてしまうのかもしれないけど、
日本でそれができないのに、海外に行ったって
通用するわけなくて。」



当時、「Back To Chill」が現地のダブステップのシーンからも歓迎されたわけですが、自身で「これがダブステップなんだ」と実感した体験ってありますか?

『Mad Raver’s Dance Floor』を出したのが2005年なんですけど、その年にロンドンに行っていて、ライヴをやったんです。そのときの自分は、インストゥルメンタルのグライムのつもりだったんです。ライヴをやったイベントがヒップホップ寄りだったんですけど、自分のライヴ中にグライムのMCが5人くらいマイク回してラップしあって。だから、そのときはグライムの延長で。そこでCDを配ったんですね。で、明けて2006年に、「dubstepforumにスレッドが立ってるよ」ってメールが来て(笑)。そこから「ダブステップのレーベルを始めるんだけどリリースしたい」とか「ラジオでDJやってるんだけど、 音を送ってほしい」というコンタクトが来て。それくらいから、自分の音はダブステップなんだなという。その頃からダブステップって言葉もだんだん出てきたような気がするんですよね。

日本にはダブステップという音や言葉が実体として入ってくる前の話ですよね。

その当時…ちょうど 2006年にイベントBack To Chillを始めたんですけど、その頃にまたイギリスに行って。その前にMalaとMySpaceを通じて初めてやりとりをしたんですよ。Malaも自分のMySpaceに上げている曲を気に入ってくれていて、「明日FWDに遊びに行くから会おうよ」っていうので会って喋って、「明日Soul Jazzのパーティーがあるから遊びに来なよ」って誘われて行ったらDMZのカタログを全部くれて。以前からMalaの曲とかDigital Mystikzは知っていたけど、そこから交流が増えていって。そのときは”Back To Chill”を12インチで出したいというレーベルがあって、そことも話したんですよね。それで、帰ってきて”Cut End”などの新しい曲をアップしたらMalaから「Deep Mediでサインしたい」ってコンタクトがあって。

そのときはアガりました?

いや、もう少し冷静でしたね。そのときは、「Back To Chill」をリリースしたSkudから、12インチを何枚か出した後にアルバムを出したいっていう話もあったんで、結構クールに見ていましたね。その当時は英語も達者ではなかったし、レーベルとのやりとりの仕方とか、どうしようかと冷静でした。

既に自分でリリースもしていたし、特に海外指向が強かったわけではないんですね?

いや、でも20歳くらいの頃は海外指向が凄くありました。自分の曲が初めて入った『士魂』っていうコンピレーションが出た時期に、日本のレーベルからもアルバムのオファーがあったりしたんですけど、「自分は海外から出したい」っていう意識が強過ぎちゃって(笑)、それから何年か経って自分の作る音楽も変わって、1stアルバムを出したって感じなんですけど。それはある意味、すごく良い勉強になった部分でもあるし。日本に住んでいて、日本人で、基本的に日本で活動しているわけだから、そこで土台を作っていないのに海外で…って頭でっかちになっていただけなので。合っていたのか間違っていたのか分からないけど、良い勉強になった部分ではあります。だから、海外でリリースされるというのは凄く嬉しかったし、でもその時には次のことを考えていたというのはありますね。Deep Mediもアルバムを出したいという話はくれていたし、自分も曲を結構貯めてはいたので。

こうやってお話を伺うと、最初から現在まで、全てが自然なことなんだなと改めて思います。過去のインタヴューで、「グライムに惹かれて、そこにレイヴの要素を取り入れて」というのを読んだのですが、それはまさに現地でのダブステップの始まりもそうなわけですよね。それが、海を隔てて日本で同時に起こった。変に気負わずに…。

そうなんですよ。日本に住んでいるということは凄く重要だったりすると思うんです。日本のフロアのお客さんは凄くシビアだし、ストイックだし。そんな中で、ひとりずつファンを増やしたりとか、ダブステップが好きな人を増やしていく…はじめは身内からかもしれないけど、そこがいちばん重要な部分で。こういう音楽をやっていると、海外指向って増えちゃうのかもしれないけど、日本でそれができないのに、海外に行ったって通用するわけなくて。競争率も高いわけだし、DJもスキルがある。曲を作っていたり、そのクオリティもある程度のレベルに達していて、そういった中で競争しているから。その中で競争するより、ちょっとアウェイなところから、日本の環境の中でやってるというのは、客観的にそういう部分を見れて有利だなとも思うし。凄く鍛えられるしね。




Words / Naoki E-JIMA
Published / Wednesday, 11 January 2012

Photo credits /
Non-DJing photos: Naoko Maeda

Also available in / English


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