ライブアクトというものをどう定義して捉えるか、という命題はエレクトロニック・ミュージックにおいてしばしば持ち上がる話題ではある。人々を感動させるライブアクトというものは、その構造こそが左右すると主張する人もいる。オリジナルのトラックだけでライブが構成されているか?それらをライブ向けにどう手を加えているか?他のアーティストのトラックを自身のライブに組み込めるか?楽器を演奏してさえいればライブアクトとして成立するのか?こうしたさまざまな疑問に対し、ここにラインナップされた20のアクトたちはそれぞれ異なる答えを用意している。しかし、同時にこの20のアクトたちは2011年にあるひとつの共通点を有していたことは確かだ。それは、彼らが世界で最も優れたライブアクトであるという事実だ。
彼らのツアー・ライダーによると、ライブがスタートするときその直前のアクトは一旦音を止めなければいけないとされているが、たしかにModeselektorがセットをスタートすると、その存在感は他を圧倒していることがわかる。まるでロックショウのようだという人もいるが、それこそModeselektorの狙い通りなのだ。彼らのライブはその手法や目的も含めてロックショウ的アプローチそのものだ。Pfadfindereiの特製ライトを使い、マイクを多用したパフォーマンスはライブ開始1曲目から観客を圧倒する。まさに純粋なスペクタクルにほかならない。
KiNKのライブショウは常に強烈なプリミティブさに溢れている。もちろん、彼は新しいテクノロジーを自身のライブセットにおいて貪欲に取り入れているし、
それを隠そうともしないのだけれど、その音楽的な本質に潜んでいるのはシカゴハウス最良のエッセンスだ。こうした彼独特の筋の通った姿勢があるからこそ、彼に対するブッキング依頼が世界各地から寄せられるのだ。Novation Launchpadでプレイされる彼のソロは、なんだかんだ言ってもやはり魅力的だ。
以前彼らのサウンドは「朝方のビーチに昇る太陽のような光景」と
評されていたが、たしかに彼らのレコードから受ける印象はその表現が正しい。しかし、ライブアクトとしての彼らはよりタフで性急なエモーショナルさを剥き出しにする。彼らはそのライブセットにおいて他に比べて特に奇抜なことをやっているわけではない。もちろんそれは良い意味であって、彼らが手掛けたFederleichtの"
On the Streets"のように感動的なトラックをプレイするかぎり、文句など出てくるはずが無い。
ライブとDJの両方に卓越しているという点で、RebootことFrank Heinrichはエレクトロニック・ミュージック界では稀有な存在だ。Cadenzaファミリーとなって以降、世界各地でライブツアーを行う機会がとりわけ増えた彼はそのパーカッシブきわまりないハウスグルーヴをいたるところで鳴り響かせている。"
Caminando"や"
Enjoy Music"、"
Ronson"といったヒット・トラックを数多く抱える彼はいまや各地のパーティで引っ張りだこだ。
インパクトに満ちた登場を果たしたイノベーターの宿命として、徐々にその新鮮味は失われてしまうのが普通だ。しかし、Mathew Jonsonにはそのケースは当てはまらない。Itiswhatitisから最初の12インチをリリースして以来今日まで、彼のようなサウンドを出せる者は彼以外には見当たらない。
RA podcastや
Minus、
Crosstown Rebelsから数々の優れたリリースを残した2011年、彼の類稀な独自性はさらなる更新を続けている。そしてそのライブセットは今なお非常にユニークなものであり続けている。
Guillaume & The Coutu Dumonts
Guillaume & Coutu Dumontsはある種ダークホース的なアクトだ。もちろん彼がここ数年において最も優れたハウスの作り手であるのは確かだが、そのキャリアは常にハイプとは無縁だ。狂った牧師の説教を思わせる"I Was On My Way to Hell" 、ソウルを切り刻んだような "The Pussy Shepherd" をはじめ彼の音楽を彩るジャジーで暖かな感触を思えば、彼はスター的なステイタスよりも愚直なまでに音楽本位な姿勢を優先しているのは確かだ。こんな男が精魂込めて披露するライブが悪かろうはずも無く、彼は世界各地のパーティのお気に入りだ。
今年、Carl Craigはその伝説的な69名義での活動を再開させた。今年彼がこのランキングにいるのも当然の結果だ。Carl Craig presents 69名義で行ったライブの数こそ限られていたものの、このランキングにリストアップされるには十分な実績だろう。"If Mojo Was A.M."、"Jam the Box"そして"Desire"といった煌めくような名曲群は新たな生命を吹き込まれ、90年代前半にそれらがはじめてリリースされた時と変わらぬ新鮮さで我々を驚かせたのだ。
Kassem Mosseのライブを観ていて、
Laidでマネージャーを務めていた
Dorは終わりがけに溜め息まじりでこう呟いた。「ヤツはとにかく自分自身の音楽を信じきっている」と。DJのように他者のトラックを使ったパフォーマンスが出来ない以上、ライブ・アーティストにとって自身の音楽を信頼することは当然だが、
Workshopの猛者ことKassem Mosseはその点において筋金入りだ。頑なまでに112BPMのテンポをキープし、アナログ機材が織りなす複雑なレイヤーは強烈なフックを醸成させる。そのアプローチは常に間違いないものだ。
Kristian BeyerとFrank WiedemannはDJギグにおいて常々共同作業をベースにしてきたが、最近ではその役割分担が明確になってきている。つまりDJではBeyerが、ライブではWiedemannが主導している。Innervisions OrchestraやA Critical Mass、Henrik Schwarzのソロ・ライブにおいても、パフォーマンスはInnervisionsにとって重要な位置を占めている。そのポリシーは今年Wiedemannが披露してきたライブからも明らかになった。彼が現代のモダン・ディープハウスにおける最良のライブアクトであることは言うまでもない。
Sandwell Districtがステージでどんな作業をしているのかはなかなか分かりにくい。RegisにしろFunctionにしろ、それぞれ別にライブ素材を持ち込んでいるので、仮にその作業内容を聞いてみても要領を得ないはずだ。The Wireに掲載された
記事を読むかぎりでは、そうして各自持ち寄った素材をぶつかり合わせたときに生まれる摩擦や衝突そのものが彼らのライブセットの核になっていることが窺える。(彼らがオフステージで一緒にいるところに鉢合わせても、迂闊に干渉しないほうが無難だ。)
初期のBenoit & Sergioのライブセットは肘当てとヘッドセット・マイクを着けサックスも交えていたユニークなものだったが、今では一般的な2つのラップトップでのセットに落ち着いている。しかし本質的な過激さは失われていない。マイアミの
The Shelborneであろうとロンドンの
Fabricであろうと、彼らのきらびやかなエレクトロニック・ポップは衝撃をもって受け入れられ、2011年最も印象に残るライブを展開した。ケタミンの効果ならともかく、クラブのクラウドを素面で合唱させるようなライブアクトはほんとうに稀だ。
Gutiは自身のライブをよく好んで「ダイナミック」と表現するが、それももっともな話だ。スタンダードなラップトップを用いたセットアップながら、彼のライブセットは他とひと味違うと言われる。想像するに、それは彼の持つ音楽的な多様性ゆえだろう。彼はかつて90年代にアルゼンチンの有名なロックバンドでプレイした経験を持ち、幼少からピアノにも親しんでいた。それらの経験は現在の彼のライブセットにも確かに活かされているのだろう。そうした独自のアプローチが彼の個性を形成しているとも言える。
クリーンなメロディ、整然としたドラム、見事なステレオ分離。Martin Buttrichの創る音楽はそうしたクリアさに裏打ちされ、Timo MaasやLoco Diceのスタジオエンジニアを務めた経験も確かに活かされている。しかしながら、彼のライブセットにおける比類なき力強さの源は、そのサウンドの論理性をしっかりとフィジカルなグルーヴとエモーショナルな要素に反映しているからこそなのだ。完璧主義者たる彼は、そのパフォーマンスにおいて強迫神経症が付け入る隙さえ与えない。
今年の彼はL.B.S.にあまりにも集中していただけに、
RA XでDJとしてサプライズ出演した際には意外な印象を持った人が多かった。それもそのはずで、Benjamin RippertとStephane "Scan X" Driと始めたL.B.S.で彼は新境地を開いた。ライブは完全なライブ/DJのハイブリッド構造で、名曲"
Man with the Red Face"でさえ完全にアレンジし直されていた。その目的を「過去の僕の作品に新たな息吹を与えること」と
語っていたが、確かにこうした試みを楽しんでいる最中に、DJという過去のスタイルにはなかなか戻れないはずだ。
Gaiserのライブを観ていて「ヒップホップ」という単語は一見なかなか結びつかないのだが、その実GaiserのライブセットにはヒップホップDJが矢継ぎ早にトラックを切り替えて行くことで築く濃密さに近い感覚がある。異次元のようなシンセと這うようなベースラインはいまも確実にGaiserらしさを支えている要素だが、それらをライブで完全に表現しきっている彼はやはり卓越した存在感を放っている。
Guy Gerberはかつて、かのP Diddyがイビザに所有するヴィラでライブしたことがあるそうだが、彼のサウンドを考えれば想像に難くない。昨今のサウンドは持ち前のトリッピーさに加え、R&Bサンプルを使うことである種のソウルフルさを手に入れているからだ。そのおかげで彼は以前よりも幅広いパーティでプレイするようになったし、たとえそれがセレブパーティであったとしてもおかしくない。今後仮にP DiddyとGerberが一緒にアルバムを作ることになったとしても、Gerber自身の持ち味が活かされているかぎり問題にはならないはずだ。
年、Henrik Schwarzは本物のライブアクトの何たるかをはっきりと示した。
Time WarpではSven Vathの後を受けてライブをスタートさせ、大観衆に向けて彼のジャジーなハウスの最もタフな面を見せつけた。また、ジャズピアニストBugge Wesseltoftとの
インプロを中心としたライブをコンサート・スペースで展開してもいた。この年は
一夜のうちにBerghainとPanorama Bar2つのフロアでライブを披露する離れ業もやってのけた。その両方のフロアで共に大喝采を受けたのは言うまでもない
酔っぱらってシャツもはだけたフランス男にステージ越しから喉元にウォッカを注ぎ込まれるのは「それほど魅力的じゃない」って?それはdOPのライブを観てから言ってもらおう。dOPが今年もRAのトップライブアクトの上位に留まっている理由はごく単純だ。Damian Van de Sande、Clement Zemstov、Jonathan "JoJo" Illelの3人はただラップトップを見つめるだけのパフォーマンスはしない。むしろ、古き良き時代のロックスターさながらの感覚を蘇らせた本物の「ショウ」をやってのけている。
世間ではノスタルジーがブームだが、それはエレクトロニック・ミュージックの世界でも同じかもしれない。Plastikman名義のプロジェクトを始めたのは昨年だが、そこでプレイされたのは過去の名トラック群ばかりで、リアルタイムで体験していなかった人々にもその価値を追体験させた。version 1.5に
進化した2011年版ライブはよりパワフルになり、新たにインタラクティブな要素が加わった。しかし、なにより興奮を誘うのはversion 2.0の完成が間近だという事実。ライブという概念を新次元に引き上げる進化が見られるはずだ。

新時代の幕開けだ。RA トップDJではJamie Jonesがナンバー1の栄冠を勝ち取ったいま、ナンバー1ライブアクトの座をNicolas Jaarが手にしたことは何の不思議も無い。Jaarのライブはとりわけ複雑で先進的なテクノロジーが導入されているわけではない。ただ、彼は良いトラックを実にうまくプレイする。それだけのことだ。彼はバンドスタイルであれソロライブであれ、まずその場のダイナミクスをカリスマティックに変化させることにフォーカスする。そこにはもはやイーブンキックの存在すら必要ない。昨年Plastikmanがいみじくも証明したように、Nicolas Jaarもまた「ファンを沸かせるには、必ずしもノンストップで踊らせる必要は無い」という事実をそのライブセットのなかで示している。