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Playing favourites: Lerosa
Playing favourites: Lerosa

イタリア人プロデューサー、彼の音楽人生に影響を与えた作品をご紹介。

多種多様なスタイルの音楽を聴いてきたイタリア人プロデューサーLeopolad Rosaのキャリアは、彼のお気に入りの曲からみてわかる通り、幅が広い。約6年間で、彼は様々なレーベルからハウス、テクノ、そしてその中間ともいえるような12インチのリリースを重ねている。現在はダブリンを拠点に活躍する 彼の新しいアルバム『 Amanatto』が、Uzuri Recordingsからリリースされる中、今回は1980年代の、彼が十代の時に最も影響を受けたというヒップホップ、そしてエレクトロニックポップについて語ってもらった。その当時の子供同様、登場し始めのミュージックテレビやテクノロジーの進化に、彼は魅了されたという。そして、その事が与えた影響は、今の彼の音楽にも感じ取ることができる。RAのOli Wareickは先日、彼の思い出の曲について話を訊きに、ダブリンという土地に降り立った。


Peter Gabriel
Peter Gabriel
1982

Peter Gavrielのカセットは、僕が初めて買ったものだよ。僕が小さすぎて、母親に買って来てもらったんだけどね。

このアルバムを買ったのは、いつ?H?

10歳の頃で、イタリアでは当時、けっこう有名だったんだ。“Shock the Monkey”っていう曲が収録されていて、そのミュージックビデオがとても衝撃的だったんだ。その他の事は詳しく覚えていないんだけど、とにかく当時ミュージックビデオは斬新で、作っている人もそこまでいなかった。イタリアで初めてMTVが来たときは、24時間ずっとやっているわけではなかった。放送してもせいぜい4, 5時間で、その理由もミュージックビデオがそんなになかったから。 "Shock the Monkey"はエッジーなポップソングなんだけど、この曲以外は全てエキスペリメンタルすぎて、十歳の僕にはまるで理解できなかったんだよね。

このアルバムカセットに収録されているものには、映画『Birdy』のサウンドトラックになったものもあって、そのサウンドトラック自体もとても変なもので、彼が何台ものドラムを飛び跳ねながら演奏しているみたいなやつだ。後々Peter Gabrielは、ポピュラーなサウンドに行って、そしてニューエイジな感じになっていったんだ。その時期の作品もとても面白いよ。

最終的には、アルバム全曲を好きになったのですか?

そう。一つの曲をキッカケに、新しい発見をどんどんしていってとても良かった。新しいジャンルを発見したとまでは言えないかな。なんせ、ああいったポップなサウンドを一体何て呼んだら良いのかもわかってないし。でも、やっぱり僕に「何か違うもの」を与えてくれた作品だね。それは、次の Eurythmicsの作品にも言えるけど。



Eurythmics
Touch
1983

『Touch』を買ったのは、ちょうど修学旅行でロンドンに行った時だったと思う。12歳くらいの時かなぁ。“Here Comes the Rain”は話題の曲だったし、アルバムの他のトラックもとても面白いものばかりだった。両親からの影響を一切受けていない曲としては初めてのものだよ。当時イタリアにはTVチャンネルやラジオ曲も少なかったから、アンダーグラウンドなエクスペチメンタル・エレクトロニックの動きについてあまり知らなかったんだ。でも僕が行き着いた音楽は、出会うべきして出会ったんだと思う。Duran DuranやSpandau Balletの初期の作品なんかもあるけど、 Eurythmicsのこのアルバムは、よりムードがあってエッジもきいているんだ。

このアルバムに収録されているものの多くは、シングルリリースになんか出来ないものばかりですよね。

"No Fear, No Hate" は、とても変な曲だね。アフロトラックみたいだし!Kraftwerkにも同じ事が言えて、僕に大きなショックを与えてくれたよ。



Kraftwerk
Electronic Caf‹
1986

僕が衝撃を受けたKraftwerkのミュージックビデオと言えば“Boing Boom Tschak”だね。コンピューターグラフィックがビデオの中に初めて登場した例じゃないかな?当時は、「うわぁ、まさにカッティングエッジだ!」って思ったよ。ミュージックビデオの中に実在する人物が一人もいないっていうことも衝撃的だったなぁ。あの雪崩のような新しいシンセサイザーの音は、僕が彼らの事を注目せざるを得ないなくなったって感じ。そこから、既にバックグラウンドとしてあったヒップホップの存在が出てきたかなぁ。


Whodini
The Whodini Electro 5 Track EP
1984

イタリアでヒップホップはすぐに流行りましたか?

14歳の時、ある友達がアメリカから戻ってきたんだ。Run DMCとか初期のRoxanneの作品なんかが詰まったテープを持って帰ってきた。あんなものは今まで聴いたこともなかったし、スクラッチやらリズムなんかに乗った会話がスローポップとエレクトロニックサウンドを繋ぐ架け橋みたいな感じだったんだ。これが未来のサウンドだよ!流行りにするには最高だろ? Whodiniは、僕の中で何かを確立した存在の一人で、ヒップホッパーとMr Magicのようなヨーロッパのサウンドをつないでいたんだ。Kraftwerkを思わせるシンセサイザーのラインもあったりして。この曲は17か18歳の時にロンドンで見つけたのを覚えているよ。

最近のセットで、こういった曲も入れたりするのは好きですか?

もし出来るんだったらね。殆どの曲のテンポは遅いからなぁ。けど、ウォームアップのセットを組むなら、もっと冒険心に富んだものを展開させるよ。80年代のものや、ちょっと変わったやつをセットに入れたりする。この前ベルリンで回した時、ハウス系のものをかけた後に EurythmicsやFrankie Goes To Hollywoodなんかをかけたんだ。最近では、 Kenny Hanlon や Lunar Disko のメンバーとか、地元のアイルランド人のDJのセットを聴いたりしているんだけど、とにかく目が離せないようなセットを展開しているよ。エレクトロからシカゴ、そこからイタロへいったり。そういうセットは、アメリカのDJ Ron Hardyあたりを彷彿させるね。あの当時、同種のハウス、スロウなテックハウスもしくはテクノが流行っていて、どれも同じようなサウンドが入っていたんだ。セットの中で、別のスタイルに移行する時に必要なエネルギーは相当のものだね。もし機会があれば、もしくはエジプト人好きなんかがいればWhodiniをかけるよ。

80年代の音楽は、今あなたが作る音にどれくらいの影響を与えていると思いますか?

未発表の曲のいくつかや、スタジオで制作の仕方を学んでいたような時の初期のトラックは、かなり80年代のものからの影響を受けているよ。今回のアルバムに関していえば、ここ数年で積み重ねてきたものを形にしていると言えるかな。ロマンチックなアルバムがテーマだったから、それに沿うような曲作りをした。80年代っていうよりも、シカゴサウンドから受けた影響はもの凄く大きいね。ハウスを聴き始めた時、実際に手に入れることができたレコードはTraxくらいだった。Larry Heardは、僕にかなりの影響を与えた人だよ。



Fingers Inc.
Distant Planet
1988

Fingers Inc.のレコードでは一番初めに買ったもので、今でも家にあるよ。とても変わったハウスのレコードだね。とてもいいよ。ラフでエッジーなシカゴサウンドと、ちょうどいい、繊細なメロディーがバランスよく取れたものの中の一つだと思う。セクシーで、スイートなんだけど、スイートすぎない、あの絶妙なバランスがね!

セクシーさとスイートさを絶妙なバランスで表現したものといえば、あなたの新しいアルバム、特にThe Oliverwho Factoryをフィーチャーした一曲が頭によぎりました。

アルバムのコンセプトなんかは彼らに伝えていなかったんだ。彼らのEPはよく買っていたしね。完成した曲を彼らに渡して、「好きなパートがあったら言ってくれ、必要であればアレンジもし直すから」って言ったのさ。ボーカリストとの作業なんてしたこともなかったし、別にああやれ、こうやれっていう指示はしなかったんだ。どれくらいのガイドラインが必要かも分からなかったしね。でも、彼らはあれほどまでに素敵なものを作りだしたんだよ。彼らが送り返してきてくれたデモは音楽と綺麗にマッチして、歌詞自体は曖昧なことを言っている感じでイマイチ理解できない部分もあったよ。ハッピーな曲や、ハッピーな歌詞を作る人ではないっていうのはあるかもね。曲のアイディアは、別に気分を高めくれるようなものではないんだ。むしろ、感情の曖昧さや後悔、何か後ろめたさを感じるものが、彼らにはパーフェクトにマッチするんだろうね。



Miles Davis
Tutu
1986

幸運なる偶然から巡り会った作品だよ。"Tutu"のビデオがキッカケでこのレコードを買ったんだ。アルバム自体は、ちょっと変な印象を持っていたからか、最初良いとは思わなかったんだ。Milesが、デジタルシンセとドラムマシーンを初めて導入したアルバムで、何かアルバム全体から冷たい印象を受けたんだ。最終的には色々な影響を受けた一枚ではあるんだけどね。僕のお気に入りのMilesの作品は、キチガイでエキスペリメンタルな面を見せていた、70年代のアフロ時代だったな。でも "Tutu" は、聴いている当時の僕のムードにぴったりなんだ。80年代のエッジーさが、はっきりと表れていると思うよ。 Herbie Hancockの『Futureshock』もリストに入れとけばよかったって後悔しているんだけどね。初めてジャズというジャンルにのめり込んだキッカケが、あの作品だったんだ。 『Futureshock』の中でも、特に "Rockit"のイカレタようなビデオが大好きだったんだ。ビデオに登場するマシーンが動き回っている、あのミュージックビデオだよ。

『Futureshock』は当時の人にとって、確実に影響をもたらした一枚ですよね。

そうだと思うよ。でもあれは、イタリアではそこまで評判にならなかったんだ。イギリスでは凄かったと思うけど。エレクトロ・ファンクは、ノーザン・ソウルの進化系だったのかもしれないけど、イタリアでは、掃除機に吸い込まれてしまったみたいに話題にならなかった。僕と同じような気持ちを共有できる友人もいなくて。だからこそ『Futureshock』は、随分前にリリースされているものだけど、僕にとって重要なアルバムの一枚なんだ。Sly & Robbieのもある意味これと同じくらい重要な作品だよ。



Sly and Robbie
A Dub Experience
1985

後になって、ダブに興味を持ち始めたのですか?

当時、「ダブ」が一体どんな音なのか全く想像がつかなったんだ。よく聴くものでもなかったしね。Sly & Robbieの初期のアルバム『Boops』を持っていたんだ。B面にはCJ Mackintochによるリミックスも入っていて、それは初めて手にしたスクラッチレコードでもあった。それからSly & Robbieの他の作品も探したんだけど、結局『 A Dub Experience』しか見つからなかったんだ。80年代のダブサウンドに、デジタル・ドラム・マシーンの音をふんだんに使ったアルバムだよ。最初に想像したような、キングストン系のジャマイカンダブとは大違いだったんだ。ダブのあの「あたたかさ」なんて全然感じられなくて、普通のリバーブとは違ったものが沢山使われているんだ。とにかく「マッド」なプロダクション・スタイルを持つ彼等のやり方がとても好きだったんだ。ドラムマシーンのスネアにリバーブを加えるような、ああいったやり方が好きだね。ジャズからダブ、ポップまで網羅して、しかも同じ種類のサウンドに聴こえてしまう彼らのサウンドを、聴くのも見るの凄くおもしろかったんだ。ドラム・マシーンが世界に出てきた時代だったし、時代の流れから生まれた産物とも言えるのかもしれないね。

Sly & Robbieは、活発に新しいテクノロジーをレゲーミュージックに取り込んでいきましたね。音楽のデジタル面をプッシュしたとも言えます。

彼らは、Grace Jonesみたいな人とも当時共演していたよね。あの『Boops』のレコードは、常識を覆した良い例とも言える。King Tubbyのサウンドも同時期に耳にしたんだ。King Tubbyは、Prince Fat-Iやその他の70年代のジャマイカ人のプロデューサーと混同しやすいから、あのSly&Rebboieのアルバムは、結構珍しいタイプと言えるよ。ジャマイカンとユーロピアンサウンドが綺麗に混ぜ合わさって、なにかインダストリアルなサウンドが作りだされた。ドラムの使い方とかエフェクターの使い方なんて、70年代のジャマイカンダブとは少し違うんだ。ダブがもつ「オーガニックなサウンド」なんて何ひとつ残されていないんだよ。

インダストリアルなサウンドという意味では、Peter GabrielやKraftwerkのアルバムにも言えることですよね。

あのダークなサウンドから感情をキャプチャーしたかったんだと思う。学校に行っている当時は気づかなかったんだけど、80年代の音楽はパンクの名残りから、何か自然への対抗心を感じとることが出来るよね。ハッピーなサウンドを作るプロデューサーも多くいたけど、ダークサイドにいる、より暗い感じのアーティストを好む傾向にあったと思うよ。



Just-Ice
Kool & Deadly (Justicizms)
1987

昔、ヒップホップのレコードを死ぬ程持っていたんだ。ローマで初めて行ったイベントは、 Public EnemyやRun DMC, Derek Pなんていう豪華ゲストが3人同時に来た時だったね。Derek PがDK ScratchとかいうDJを連れてきていて、デッキの上に立ち上がってカッティングなんかをし始めた。それ以前にターンテーブリストなんて見た事がなかったんだ。87, 88年くらいだったかなぁ、とってもショックだったのを覚えているよ。それからすぐにターンテーブルのセットをどうにかして買おうと思ったんだ。お金を貯めに貯めて、クオリティーのもの凄く悪いデッキを購入して、最終的にはTechnicsのセットを購入するまでに至ったんだ。ターンテーブルを使って、よく家で友達と小さなコンペなんかを行っていたよ。

当初は、Run DMCやThe Fatboys辺りのポッピーなヒップホップばかり聴いていたんだ。そういったメジャーなものの後に、Public Enemy, Just Ice and Ice T など、めちゃくちゃかっこいいインディペンデント・レーベルのアーティストの存在を知ることになった。とにかく初めは、彼らが一体何を言っているのか必死に理解しようとしたよ。ラッキーな事に、レコードカバーの中には歌詞も入っていて、 Ice TとPublic Enemyを通して英語を学んでいったって感じだよ。Iceはとにかく僕のお気に入りなんだ。生々しさが直に伝わってくるようなプロダクションはそんなになかったからね。ヒップホップの好きな点、全てを彼が表現しているようなものだ。プロダクションという点で、言葉は最もベーシックなメディアだよね。彼の曲の中に、ドラムのビートが鳴り止んでもIceが喋り続けるものがあるんだ。で、プロデューサーがやってきて、「おい、もう録音は終了したぞ」って言いに来る様子までもが聴こえる。そんな言葉を無視するかのように、彼はライムをし続けるんだ。お気に入りだよ!

『Kool & Deadly』には、ダンスホールから影響を受けたものが他にもありますよね。

ラガマフィンのような他のヒップホップサウンドが、イギリスにも出てきたんだ。Derek Pがよくジャマイカン・スタイルのヒップホップビートをリリースしたりしていて、そういった作品は凄い好きだったよ。ヒップホップでも本当に様々なシーンがあったけど、僕としては、Just Ice と Schooly Dがとても面白い試みを行っていたと思う。

I人々がテクノロジーを使って、世界中の様々なカルチャーがオーバーラップしていった、そんな時代を思い出しますね。

こういったドラムマシーンを使わないといけない、こういったサウンドじゃなきゃいけないなんていう「コード化」されてしまったようなルールは、当時存在していなかった。テクノロジーが使われ始めた頃、皆できる事を何でも試していったんだ。ヒップホップも最初はディスコの延長みたいな存在だったし、最終的にJust-IceやKRS Oneなんかがそれに工夫を加えて、新しいスタイルを生み出していった。色んなサンプルを使って、政治に対するメッセージなんかをレコードを通して発信していったんだ。彼らの歌詞は、パーティーやデートについてだけじゃないんだ。そういったものは、ヒップホップでも初期のものしか聴いてない人たちが勝手に関連づけしてしまったことなんだ。ちょっとリスキーだよね。

こういったレコードをイタリアで見つけるのは、難しいんですか?

イタリアのレコード市場は、そこまで品揃いが良くないんだ。色々なレコードショップを訪ねて、目当てのものを「ディグ」しないといけない。17歳の時、レコードを買うの為だけに友達とロンドンまで行ったりしたよ。一人200枚は買っていて、空港では重量オーバで本当にお金を使ったよ。チェルシーにある友達の家から駅までレコードを運ぶ為に、ショッピングカートを盗もうとしてあやうく逮捕されそうになったこともあったんだ。警察に終始ずっと付かれてね。イタリア人丸出しだったし、傍から見ればイギリス人の少年の家に盗みを働いているようにしか見えなかったからね。

Words / Oli Warwick
Translation / Yukari Takanose
Published / Wednesday, 31 August 2011


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