RA
RA Japan
RA
Global
Local
Music
Interact
フォーラム 最新
Search RA
Playing favourites: Azari & III
Playing favourites: Azari & III

RAのChristine Kakaireが、トロントの4人組から思い出の曲について話を聞く。

会って早々感じたこと、それは、2009年のAzari& IIIの活躍は、本来彼らが持つポテンシャルに至らないまま終息してしまったのかもしれないという事だ。彼等の代表作 "Hungry for the Power" そして"Reckless with Your Love" はremixに引っ張りだこ、曲自体も同年、気分の良くなる‘本物’のハウスミュージックとして多くのダンスフロアーを湧かせた。2010年には2枚のEPをリリースしながらも、レーベルとのイザコザや、Youtubeから "Hungry"のビデオクリップを放映禁止にさせられたりと、徐々に彼等の活動に影を見せ始めた。

しかし2011年は、このトロントからの4人組にとって、重要な年になりそうだ。彼等のデビューアルバムが8月にリリースされる予定で、最近ではヨーロッパでのツアーデビューを果たし、そして来月にはオーストラリアの Lovebox でパフォーマンス予定だ。RAの Christine Kakaireが4人組、プロデューサーの Dinamo Azariと Alphonse Alixander Lanza III、そしてボーカリストの Fritz Helder と Starving Yet Fullに、彼等に影響を与えた一曲について話を訊いた。




Adonis
No Way Back
1986


あなた達が送ってくれたリストの中にはありませんでしたが、ライブ中に演奏されていたので、敢えてここで取り扱っいます。ライブでもこの曲だけが、あなたたちの曲ではなかったので。

Alphonse Alixander Lanza III: Traxと一緒に、バックカタログのリミックスを作ろうっていう話をしていて、’パートごとのものが欲しいな’という事になったんだ。一週間後にTraxから連絡が来て、マスターミックスしかないって言われたんだ。そこで、リミックスを作るのではなく、新しいものに作り変えてしまうのはどうかっていう案が出たんだ。303も808も持っていたし、ああいった昔の曲は、この二つの機材とマイクを使って作られていることが多かったんだ。だからプログラミングをし直して、ボーカルも修正して完成した。

Fritz Helder: この曲を作ることによって、特に僕とStarvingはゆっくりする機会を貰えたと思っているよ。オリジナルの曲はもう知られていて、皆から喜ばれるのは分かっているからね。オリジナルに僕たちのビジョンを付け加えたって言う感じだよ。



Green Velvet
La La Land
2001

この曲を初めて聴いた時の事を覚えていますか?

Fritz Helder: 高校を卒業した2001年だったかな。僕は北カナダで育ったんだ。アフターパーティーやレイブなんて無縁の場所で、地元にあるラジオ局で育った。ある時、友達のパーティーにいて、これを聴いたんだ。耳がウサギみたいに立ったよ。「なんだこれ?なんて言ってるんだこいつ?」って。これがダンスミュージックとの出逢いだよ。

まるでコミックのキャラクターのような彼のヒット作品が、ドラッグについての内容だなんて、個人的には少しおかしいなと思っていました。

Fritz Helder: そう。だから僕にとってなおさら魅力的だったんだ。ポップな曲調の中で、ドラッグやアフターパーティー時に繰り出されそうなエピソードなんかを語ったりして。「アフターショーには誰が連れていってくれるの?」って。楽しい夜の中の物語に、クラブのポリティックについても触れていて、とても良い歌詞なんだ。
自分たちの歌詞は、とてもオープンな感じでありたいんだ。。具体的な事を表現するような歌詞ではなくて、読む人に解釈を任せるようなね。ある人にとって、僕たちのアルバムは気分を上げる為のものだろうし、もう二度と足を踏み入れたくないものであるかもしれないし。

Green Velvet / Cajmereのパフォーマンスを生で見たことがありますか?

Fritz Helder: 彼のDJセットをトロントで何年か前に見たことがあるよ。良かったけれど、おもしろくもあった。クレイジーな存在というイメージがあったんだけれど、実際は僕たちと同様普通の人間だったんだ。とても健康的そうに見えたし…ちょっとクレイジーな感じを期待していたんだけどね。

あなたと Starving Yet Fullとのパフォーマンスでのコントラストが好きでした。彼はより燃えるような感じ、そしてあなたはきちんとコントロールされたような動きで。

Fritz Helder: こういうコントラストがあるから、僕たち自身も興奮できるんだよね。 Cedric (SYF)と僕はよくクラブで踊ったりしていたんだ。僕たちはコインみたいなもので、裏と表の関係だった。ステージ上での彼はまるで液体のように流れる感じで、僕はより反対の方向へ目指した。僕は長い間ダンサーとしての活動をしていたから、それがルーツになっているよ。ダンスを通して音楽を知ったんだ。クラシック、ジャズ、ヒップホップなど、とにかく動きを通してコミュニケーションするのが好きなんだ。

Chris & Cosey
Love Cuts
1984

Alixander、あなたのお気に入りは、皆80年代初期のイギリスEBM系のようですね。どういったきっかけでこのような音楽にハマったのですか?

Alphonse Alixander Lanza III:
僕はカナダのシェフィールド的存在のハミルトンという場所で育ったんだ。鋼鉄工業で有名な街で、工場ばかりのある所だよ。僕の家族も皆工場に努めていて、こういった背景で。しかも80、90年代にそこで育ったのは大きかったね。ねじ曲がった、そしてサイケデリックな音は、まさに地元を連想させるサウンドだ。

"The Worker"のインスピレーションはあなたの生まれ育った街からきているのですか?機械工業の歴史をそのまま表現しているようですが。

Alphonse Alixander Lanza III: あぁ、そんな所だよ。 Fritz Langの『Metropolis』 みたいなもんだ。

ミュージシャンとして、映画から大きな影響を受けましたか?

Alphonse Alixander Lanza III:  僕個人的には、そうだね。本当に大きな影響を受けたよ。映画の音楽も作っているし、映画に育ててもらったんだ。 John Carpenterの音楽は大好きだよ。特に80年代の音楽は大好き。 『Big Trouble in Little China』をついこないだ見たんだけれど、僕の今のムードは、オーケストラのような音楽を作らなきゃっていう感じだ。 『Social Network』 みたいなスタイルもいいけれど、80年代のようなシンセサウンドが結局好きなんだよね。あの時代に映画の音楽を作っていたらと思うよ。最高だっただろうなぁ。

"Love Cuts"が特に思い入れのある一曲というのは、なぜでしょうか?

Alphonse Alixander Lanza III: Throbbing Gristle, Coil, Chris & Cosey, Cabaret Voltaire、全て好きだよ。あの昔のS&M, 脱構築主義的なベッドルームっぽいもの。 『Songs of Love and Lust』 のレコードカバーの裏には、彼らの小さなスタジオの写真が載っているんだよ。モジュラーシンセなんかもあって、曲自体も最高だ。あの、レコードならではのパリパリっていう音もしないんだ。

プロダクションの質は、あなたが目指すものでしょうか?

Alphonse Alixander Lanza III: そう思うよ。デジタルはとても鮮明だということは言えるけれど、30歳以上の人にとって、テープの良さっていうのはよりインパクトが大きいものだと思うんだ。レコード一枚に、びっしり4曲入れてしまっても、そこには何か温かさや深さがある。デジタルはとても良いし、より多くの人に知ってもらうには素晴らしい媒体だと思うけれど、レコードとかが持つ深さっていうを感じないんだ。古いレコードにはああいったものがあるだろう?あれが恋しい時もあるね。





Nitzer Ebb
Control (I'm Here)
1987

パンチの効いたドラムについて話たいのですが、あれは Nitzer Ebbの18番といえますよね。多くの初期のテクノDJたちに影響を与えました。

Alphonse Alixander Lanza III: そうだね。僕はJesus & Mary Chainの大ファンで、彼らは Depeche Modeのコンサートでオープニングを務めたんだ。見に行ったんだけれど、 Nitzer Ebbが一番始めのオープンバンドとして出演していたんだ。彼等の演奏を見た事はなかったんだけど、Simmons kits と Octo-padsだけで会場を沸き上がらせて、僕もぶっ飛んだんだよ。家に帰ってプロデューサーでもあるおじさんに「どうやったら、あんな事ができるんだ?」って聞いたらドラムマシーンをくれて、一ヶ月間、色々といじってみたんだ。そして、ドラムマシーンひとつでは、あんなサウンドは作れないと実感して。「リバーブユニットが必要だ」って気づいたときから、僕のテクノ音楽でのキャリアが始まったんだ。

初期のテクノが好きだったんですね?

Alphonse Alixander Lanza III: 本物の楽器とエレクトロニックのサウンドがうまく融合したような、とてもファンキーなものがね。

そのようなうまい融合は、あなた達のライブから受ける印象でもあります。様々な要素を全てまとめるその過程は、当初どのような感じだったのでしょうか?

Alphonse Alixander Lanza III: こういう曲にしたいというイメージは、パレットとして
持っておいて、それにスタジオにある機材で、自分たちで作ったものを載せていくといった感じだよ。時間はかかったけど、達成したかった位置まで到達できたと思うし、目標とした音にどのような機材やサウンドが必要かというのも最初から分かっていた。ライブでは、曲の本来持つものは変えたくないっていうのは念頭にあるよ。ライブで、オリジナルに新しい音を少し付け加える事はしたいけど、驚く程の変化はいるとは思わないんだ。

Fritz Helderと Starving Yet Fullは、ショーを形成する上で欠かせない存在になっていたんでしょうか?

Alphonse Alixander Lanza III: もちろんさ。彼等は、僕たちのセカンドリリースからずっと一緒にいるからね。



Landlord
I Like It (Blow Out Dub)
1989

典型的なオールドスクールのシンセサイザーを使った曲ですね。けれどこの曲が、こういったコードのプログレッションを人気にした、いわば起爆剤です。

Dinamo Azari: 当時はそうだったね。今では、こういったコードを使う人は山のようにいるけど。とても悲しい事だと思うんだ、とても。他のものと比べて、これにはもっとエネルギーが含まれているよ。レイブでも、夜遅くのウェアハウスでもかけれてしまう一曲だ。とても知的な部分もあって、深さもある。ハウストラックと呼べてしまうね。

あなた自身が直面せざるをえなかった、過去とは違ったサウンドを作り出すことの批判でしょうか?

Dinamo Azari: アートは再利用から出来ているし、それはアーティストなら誰しもがやることだよ。けれど、真似ばかりをしている人のものは、分かってしまうよね。

サンプリングはされるんですか?

Alphonse Alixander Lanza III: ヒップホップ的なサンプリング方法はしないけれど、ハイハットやスネアなんかの音はサンプリングしたりするかな。

Dinamo Azari: サンプリングを使うのは、面白くないんだ。音を作る楽しさを奪いさってしまう。新しかったり違った事を行うっていう機会も少なくなってしまうんだ。Alixanderが言ったように、面白いサウンドもあるけれど、僕たちは音オタクなんだよ。Alixanderは古いMPCを持っていたけど。あれは何だっけ?

Alphonse Alixander Lanza III: MPC-60だよ。

Dinamo Azari: そうそうMPC-60だったね。で、LAにいる人から沢山レコードを買っていたよな。

Alphonse Alixander Lanza III: 倒産寸前のスタジオに80年代のディスクが400枚くらいあったんだ。あの時代の、言わばオールドスクール系ヒップホップのドラムやクラシカルサウンドが沢山あったんだ。今でももちろんそうだけど、当時もとてもレアなものだったんだ。スタジオには僕以外にも色々な人がいたんだけど、最終的に400$も使ってしまったんだ。『一体どんなサンプルが潜んでいるんだ』ってワクワクしていたよ。’

Dinamo Azari: その中のものを使ったりしていたよね。

Alphonse Alixander Lanza III: そう。400$の価値はあったよ。

セットアップは、どのような感じなんでしょうか?アナログに凝っていたりするんでしょうか?

Alphonse Alixander Lanza III: デジタル機材もあるし、コンピューターも使うよ。何でも使うよ、ごちゃまぜだ。

Dinamo Azari: 自分で色々なものを見つけるんだ。安い機材でも使えるものは沢山ある。それが機材をいじる醍醐味だよね。一つのサウンドに依存するのではなく、未来、過去、様々な機材に触れて楽しむ事が一番だよ。



Snap
Oops Up
1990


バンド自体の活動もそれほど長くありませんが、Starvingにとって、ハウスミュージックも新しいものなのですよね?

Starving Yet Full: ハウスミュージック、まぁ、ダンスミュージックとの関わりは長くはないよ。 Snapを実家のテレビ番組で見ていたことはあるけど、 Fritzがこの曲を教えてくれたんだ。最初に聴いた時は、英語を話せなかったから何を言っているかもわからなかったし、曲自体が素晴らしかったから言葉は問題でもなかったんだ。でもFitzが「Little Miss Muffet...what’s in the bowl bitch?(小さくて可愛いミュフェちゃん、ボールの中に何を入れてるんだ?ビッチ。※Little Miss Muffet:童謡)」っていう歌詞が曲の終わりにある事を指摘してくれて、 そっからは聴かなくなったかなぁ。

ルワンダからカナダへ出てきたのは、いつごろですか?またポップやダンスミュージックへのアクセスは何だったんでしょうか?

Starving Yet Full: 10年前だ。本当はブルンディで育ったんだ。毎週土曜日の夕方6時からの放送があって、それくらいしか音楽のアクセスはなかったね。ラジオ自体は、フランスやイギリスのポップソングばかりで、とてもメインストリームなもので埋め尽くされていたよ。コンゴやセネガルのアフリカンミュージックがとても好きで、 Zoukなんかは、地元に人にも大人気だった。

歌い始めたのはいつですか?

Starving Yet Full: 8、9歳くらいだったと思う。僕の姉が、僕と妹達に歌のレッスンをしてくれて、よくハモリの練習をしていたよ。彼女の耳はもの凄く良いんだ。

それだけですか?

Starving Yet Full: そう。文字通り、僕たちを座らせて一時間くらいかけて「これをやりなさい。ちがう、歌い方が違うでしょ!ピッチをあげて!」というような具合だったな(笑)

なんだか楽しそうですね

Starving Yet Full: いや、実は凄く嫌いだったんだ!彼女は僕より背が高かっただけなのに(笑)。別の人に命令されていたら、きっと歌ってなかっただろうけどね。13、14歳くらいには特に本気になっていたね。皆でコンテストみたいのに出たりしたよ。

そのコンテストでは、どのような曲を歌ったんでしょうか?

Starving Yet Full: Boyz II Menの曲をたくさん歌ったなぁ。コンテストの一番始めにやった曲は、 "The Boy Is Mine." だったよ。僕がBrandyで姉がMonica(笑)。当時の彼女には、僕が低い声出せないから男性の曲を歌えないっていう理由を説明しなくてはいけなかったんだ。Celine Dionなんかも歌ったなぁ。いやだなぁ〜、色々と思い出しちゃったじゃないか(笑)

トロントの街で、クラブシーンに足を踏み入れた時期に影響を受けた一曲はなんでしょうか?

Starving Yet Full: Robyn-S "Show Me Love" 、あれははっきり覚えているよ。「なんなんだ、このディーバは?」この曲を聞きながらトロントの街中をキャットウォークしたい気分だった。この曲を街中で聴いてる僕を見たらすぐわかるよ。‘You've gotta show me love. You across the street! You've got to show me love!(私の事をどれくらい愛してるか見せてよ、通りを沿いで、見せてよ!)ってね(笑)’

Azari & IIIの音楽にフィットさせるために、何か変えた事はありますか?それとも今のスタイルは自然とそうなったものなんでしょうか?

Starving Yet Full: 自然にだね。教会にも行っていたし、ゴスペルにも何か親近感はあったよ。家でもStevie Wonderを聴いていたし、ああいったものを自分も作り出そうとはしていると思う。彼らの作りたいものと僕のものが似ていたっていうことだね。

なにかダンスミュージックからは離れた、いわゆる伝統的なソウルフルなボーカリストの曲を聞いたりするのですか?

Starving Yet Full: あぁ、Kirk Franklinをよく聴くよ。ボーカリストとしての彼は素晴らしいと思うんだ。最後のアルバムは最高だよ。家に帰って、椅子に座りながら Fred Hammond, Donnie McClurkinみたいなゴスペルを聴くんだ。ゴスペルって、心の中を温かくしてくれるよね。

Translation / Yukari Takanose
Published / Thursday, 23 June 2011


Share this article
Facebook
Twitter
Google Plus
Pinterest



Features















Other features
電子楽器の中で最も普及している音声合成方式について、その全てを教えましょう。
電子楽器の中で最も普及している音声合成方式について、その全てを教えましょう。
カナダのエレクトニックミュージックシーンでもひと際活気づいている、歴史ある都市トロント。
カナダのエレクトニックミュージックシーンでもひと際活気づいている、歴史ある都市トロント。
Cocoonのデカダンス(退廃)、夢遊病の危機、そしてブラジルでのDJの失踪。
Cocoonのデカダンス(退廃)、夢遊病の危機、そしてブラジルでのDJの失踪。



RAについて  
スタッフ  
モバイル (beta)  
イベント投稿  
Copyright © 2013 Resident Advisor Ltd.
All rights reserved. 利用規約 & プライバシー.