火曜日、ロンドンの蒸し暑い夜に、私は友達とバスで南ロンドンのエレファント＆キャッスルに向かった。そう、ウェアハウスのような雰囲気を醸し出すベニュー Crosica Studioに向かったのだ。オーガニックで手作り感たっぷり、今大盛況のイギリス海賊ラジオBoiler Roomは人で一杯だ。このショーでは毎週、一流のDJやバンドが招かれ、ウェブサイト boilerroom.tv に挙げられているUstramでパフォーマンスを生中継している。

2010年3月から始まって以来、Boiler Roomは今日のダンスミュージック界の先陣を切るゲストたちを迎えている。Mount Kimbie, Oneman, Terror Danjah, Jamie Woon, GoldieそしてJackmasterといったUKを拠点にするアーティスト達によるセットだけでなく、Theo Parrish, Diplo, Gaslamp Killer, Falty DLそしてDJ Rashadなど国際色豊かなラインナップになっており、サイトでの月間合計視聴者数は14万8千人にも及んでいる。

こんなプログラムを生で見られる私もラッキーだが、レッドストライプ片手にビートに合わせて頭を振る、そういった人はあまり現場にはいない。Boiler Roomでの肝心のオーディエンス、実はそれは会場でセットを見つめる人達だけではない。彼らに背を向けている、UKガレージ、ダブステップのDJ Scubaの前にちょこんと置いてあるHD webcamを通して現場を眺めている人たちでもあるのだ。何千人もの人達が、最新の曲や自分たちのお気に入りのDJセットを眺めながら、チャットルームでコメントし合う。（ショーのホストであり、創設者のThristian bPmによれば、通称「チャットルームマッシブ」と言うらしい。）

Boiler Roomを欠かさずに見ているというGosia Hermanに話を聞いた。彼女はポーランド、ブロツアフにあるイベントプロダクション会社で働く22歳の女の子だ。前衛的なダンスミュージックが大好きだという彼女にとって、Boiler Roomでは地元で見られないようなアーティストを「生」で見られる最高の機会だという。「ロンドンやベルリンなんかに住んでいない人達には、週末どのイベントに行こうか、と悩む機会なんて殆どないのよ。だから、平日に自分の崇拝しているようなアーティストのライブセットをネット上で見られるなんて素晴らしい事よね。」

Herman同様、他のチャットルームの常連たちのコメントは、大抵曲名を聞いたり、DJのスキルをちゃかしたりするものばかりだ。テキストだけのバーチャルな世界で実際行われているパーティーを見学するというものは中々ない。「おおおお！」「やばい！」などというコメントが雪崩のように続々と映し出される。時に、Lunice、Scratcha DVAといったDJもチャットに参加し、リリースやイベントに関する新しい情報を告知したりもしている。

Boiler Roomが英語圏で現在最もよく知られているショーなのは確かだ。しかしこういったメディア文化はそう新しいものでもない。ロサンゼルスをベースに置く Dublabといったアーティスト集団は、 1999年9月からずっと、最先端のビートを世界に発信すると同時に、スタジオからビデオ中継も行っている。56kbpsという質素なストリームを行っていた彼らだが、最近では広告掲載の一切ないYowieを使い、3台のカメラとビデオミキサーを駆使し、ショーの間はグラフィックループと固定映像を混ぜ込む。「UstreamやYowieといったプラットフォームが出来て、世界中から見て聴けるシンプルなツールを使い、大きい／小さいに関わらずそういった機会を発信できるようになったことによって、ゲームが変わったんだ。」と Dublabの創立者の一人でありディレクターの Mark "Frosty" McNeillが説明してくれた。インターネット接続の処理能力が増し、携帯の進化も加わり、アクセス数も増加してきている。

発信側そして受信側にとっても、アクセルレベルは容易なものになってきているそんな今日では、ノートパソコンはたまたiPhoneひとつで誰でもオーディエンスと繋がることができるのだ。フォームや内容、またプロダクションの内容は違えども、新しいショーは日に日に増えてきている。東京の Dommune、ベルリンの TwenFM、ブルックリンの Percussion Labと Trouble & Bass、ブリストルの Panhead、オークランドの Propa TV、そしてグライムミュージックに焦点が当てられたロンドンの Get Darkerや Just Jamなんかもその一部だ。集団レベルのもの以外でも個人的にDJ達によるセットが自宅から配信されたりということもあるのだ。

視聴者数という点では、東京から発信される番組、Dommuneが最も多く見られている。Dommuneは、夜9時から正午まで、クラブの事を考慮し、週末を除く平日に配信されている。バーと、脅威のサウンドシステムFunktion Oneを搭載した小さいベニューで開かれており、収容人数はわずか50人だ。 Four Tet, Onra そして Tokimonsta好きにはたまらない曲の数々が発信され、見ている人のコメントはツイッター上で猛烈なほど飛び交う。「Dommuneのホームページ上でチャットをするんだ。僕の知り合いの殆どが皆オンライン状で聴いているからね。」というのは、現在東京に留学生として滞在中、22歳ながらThe Japan TimesのライターでもあるMike Sundaだ。

時差のせいで、番組を見逃すといった人も多い。そこで役立っているのがSoundcloudやiTunes上でダウンロード可能なポッドキャスト、録音されたビデオファイルだ。まさに幾つものメディアを含む現象といえる。メディア自体も若い、特にテクノロジーの進むこの時代のダンスミュージック熱狂者が好むようなトレンドに合わせるという状況に追い込まれた。昔なら、友達同士で、録音したラジオ番組をカセットテープで交換なんてこともあっただろうが、今ではあたかも自然な事のように、ネットを通して若者が曲について意見交換をしている。

「普段は、友達と同時に家で見ているわ。ビール片手にチャットしながらね。」クラブに行けないような年齢の子達にとっても、DJのセットそしてクラブとオーディエンスのリアクションを伺う絶好の機会になっている。

他にもショーをひと際目立たせている点といえば、DJ達による普段見られないような実験的なセットだ。「Boiler Roomでは、いつものスタイルよりももっとディープなセットを作るわ。」UKファンキーハウスのアーティストCoolyGが語ってくれた。彼女は現在、Hyperdubからリリース予定のアルバムを制作中だ。「自分が持ってきた曲をその日の気分に合わせてピックアップしてプレイしているの。」と付け加えてくれた。

「自分が楽しめると確信の持てるプロジェクトなら、いつでも参加しようと思っているよ。」と言うのはプロデューサー兼DJのJamie xxだ。「家で聴いている人はクラブにいる人より音に特別集中しているから、いつもは聴けないようなセレクションにするのは良いことだと思ってる。」また、Scubaによると「Boiler Roomだと、よくDJ達が色々な事を試していたり、楽しんでいる姿が伺えるよ。それが魅力の一つと言っていいね。」

Boiler Roomは、DJが現場にいるオーディエンスを背後に置いた、目の前にある1つだけのカメラを使用している一方、Dommuneでは4つのカメラを使い、DJの全体像だけでなく、ビートに合わせてDJの手にフォーカスを置くようなものやオーディェンスのカットなど、素晴らしく理想なフレームを混ぜ合わせ、そして複雑な曼荼羅模様のような映像を加え、DJのセットに色を添えている。

オーディエンスではなく、
ネットの反応を伺っているDJを見つめる。
そういった最近の現象はちょっと変な感じがする。

ベルリンを拠点にするTwenFMも、同様なスタイルを持つサイトの中では抜きん出ているものの一つだ。1999年に海賊ラジオ局として始まったTwenFMは、数年通して色々な正規ラジオ局へと場所を移しながらも、2010年には地元議会からサポートを受けている88vierの仲間入りをした。それと同時に、ホームページ上にはライブビデオフィードを設置し、iPhoneアプリQikに対応できるようになっている。ハウス、テクノからヒップホップそしてダブステップサウンド、ベルリンで話題になっているイベント、新しいリリース情報、他のメディアには取り上げられていないようなアーティストなどに焦点を置いたラジオだ。毎週金曜と土曜夜の深夜0時から明け方朝の4時まで放送、中継場所でもあるテレビ局からライブビデオも放映中だ。「あるDJがTwenFMでDJしていると、まるで友達の家で回しているような気分になるんだ、と言ってくれたんだ。」というのAndrea Bruns、報道機関のヘッドだ。「僕たちの友達、DJの友達、インタビューゲストの友達、とにかく誰でもウェルカムなんだ。だから、スタジオの雰囲気はとても友好的なんだよ。みんな中継中は大盛り上がりだ。」

ラジオとしての基盤が堅いTwnFMのスタイルは、他のものと比較するとよりフォーマルだ。ゲストのきちんとした紹介、インタビュー、街で起こるイベントの紹介などの他に、何千人ものリスナーによるトラックIDに関する質問、リクエスト、DJへの質問、はたまた電話での生トークなども行われ、ショーのホストは、オンエアー中のパーソナリティーとしての表情も持っている。最近のFriday night sessionでは、テクノ／ハウス界のデュオSamanta Foxがアニマルスーツに身をまとい（恐竜とキツネ）、様々なアングルからのカメラの間でクロスフェーダーをかけながらセットを披露していた。多くのラジオ局がこのようなモデルをこれから取り入れるようで、回線の早いインターネットが鍵のようだ。

TwenFMは、カメラ中継付きラジオ放送という印象を持つ一方で、Boiler Roomからは別物といったイメージが持たれるだろう。表面上、パーティーに行くという肉体的体験が欠けているため、つまらないと思う人もいるのも当然だ。しかし、ショーを作った人によってはアーティスト達を現場ではなく異空間から「覗き見する」といった所が魅力の一つだという。

注目DJの斬新なセットや曲を見逃すまいと、中継画面から目を話せないという人もいるだろうし、ある人にとっては、特別なにか面白い事が起きない限り、聴き物としての役割しか果たさないなんてこともあるだろう。現場にいるオーディエンスに背を向けながら、ネット上にいるであろう博識高そうなオーディエンスに顔を向けてプレイする、そんな環境に違和感を覚える人もいるだろう。パフォーマーにとっても、それは容易な事でない。Jamie xxは、こう語ってくれた。「皆に背を向けながらプレイするのは、とても不自然だし、ちょっと恐ろしい事だね。チャレンジしないといけないパートなんだけどさ。」

「来てくれた人皆が自然に音楽と混じり合ってほしいっていうのがBoiler Roomのアイディアなんだ。」と言うのはBoiler RoomのThristian bPmだ。来た人の多くが、部屋の中のカメラを意識していることも彼は自覚している。「音楽がどんどんとバイブスを作るにつれて、みんな最終的にカメラがあって、カメラを通して何人もの人が映像を見ている事なんて忘れてしまうんだ。」2010年の始め、Gilles Petersonそして彼のレーベルBrownswood Recordingsの基で働くThristianと、NTSラジオを経営するFemi Adeyemi（DJ名はMr.Wonderful）は、Blaise BelvilleからBoiler Roomの企画を提案されたという。

収入源はクラブでのイベント運営だというロンドンボーイBelville、この若い起業家がオンラインマガジンPlatformを始めたのは2009年で、今ではクールなものに目がない18〜24歳くらいの若者たちにとって必須のカルチャー系マガジンになっている。DJ達が各自で、DJセットをネット配信しているのをみて、これに似たような事がPlatformでも出来るかもしれないという考えに至ったという。「元々、どうやったら音楽を従来とは違った方法で見せることが出来るのかっていう疑問から始まったんだ。」

ダルストンでのウェアハウスに移る前のBoiler Roomは当初、ハックニーダウンズのスペースで行われていた。ショー自体が順調に進むに従って、Belvilleはブランディングの必要性を感じたという。「僕の気にかけていた事は、全てがネット上で見れてしまう今、元々のコンセプトをちゃんと守ることだったんだ。色々なレーベルにBoiler Roomでレーベルショーケースをやってくれないか聞いてまわったんだ。とても良い結果になったし、これもコンセプトにちゃんと沿った事があると思う。似たようなものを作ってしまうのではなく、皆Boiler Roomに来てやってくれたんだよ。」

ここ何ヶ月かで、Boier Roomの範囲はロンドンを出てしまった。テキサス、オースティンでの South By Southwestのイベントや、バルセロナの Sónarフェスティバルからもライブ中継を行った。今年2月中旬には、Red Bull Music Academyとタグを組み、Corsica Studioでの毎週の中継の助け人となってくれている。 Belvilleは、「Red Bullからは『スポンサーシップではなく、パートナーシップを結ぼう』という連絡が来たんだ。Boiler Roomを運営する手助けをしてくれているし、質という点でも新しいバリューをショーに加えてくれたんだ。」と述べてくれた。

Twen FMそしてDublabもまた、様々なクラブイベントやフェスティバルからの中継を行っている。これは独創性がある限り、オンライン中継が多大な可能性を運んでくれるという事実の証言ともいえるだろう。「僕が思うに、今ネット配信をしている人達の殆どが、これからどんどんと成長していくと思うんだ。」と語るのは、Dublabのネット配信を担当するMcNeilだ。「今は、まだ試行錯誤の段階の人が多いと思うんだ。けれど、近い未来、現状の突破口を見つけて、従来のものに加えてヤバいアイディアを出してくるやつらが出てくると思う。本当に新しいものをね。」