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Shackleton: Man on a string
Shackleton: Man on a string

ベース・ミュージック界で謎の多い人物のひとりが、ついにそのヴェールを脱いだ。RAのRyan Keelingが、Sam Shackletonのベルリンのスタジオで、彼の人生と生活について長時間に及ぶインタビューを行った。

「僕にとって音楽は、何らかの形で人を、地球上ではない別のところ、異次元かどこかへ連れて行ってくれるためのものなんだ。」Sam Shackletonはこれまで、彼の理想を実現してきたと言えるだろう。2004年にMordant Musicからデビューして以来、Shackletonの風変わりな音楽を軸として、彼自身が統治する、独自の理念を持った世界が形を作り始めた。Laurie "Appleblim" Osborneと共に自身のレーベルであるSkull Discoを設立し、2008年に廃止するまでの間、このレーベルでパーカッシヴな音楽を存分に探求し続けた。また、Zipが主宰するPerlonからも、昨年末ごろ 『Three EPs』 というタイトルの9曲入りのコレクションをリリースした。

2008年、Shackletonは、プレスやプロモーション用の媒体で彼の姿を見かけることがほとんどなかった場所、ベルリンへと引っ越して来た。私は個人的に、インタビューのために多くの機会で彼に接触してきのだが、彼の音楽の中身と同じくらい、その背後にある人間性に興味を持っていたことを認めざるを得ない。イングランドの北部、ランカシャーに生まれたShackletonは、シンプルな生き方と価値観を信条とする、いたずらっぽいユーモアのセンスを持った古風な紳士である。彼は昨今メディアに露出しているが、その理由は、2010年始めごろの際立ったライブセットを再現したCD、『fabric 55』のリリースである。我々は、ベルリンの南東にある旧GDR(ドイツ民主共和国)的な情緒が漂う彼のスタジオにて、彼のダブステップシーンとの複雑な関係性や、苦労を伴う制作方法、そして過剰報道への深い不信感などについて深い議論を繰り広げた。



Shackleton portrait illustration



あなたは十代の頃、パンクバンドでプレイしていたんですよね。このことは、今でもあなたに影響を与えていると思いますか?

そう思うよ。音楽的には、そうでもないかも知れないけどね。って言うのは、すごく若いうちからほかの人たちと全然ちがったことをやっていると、周りのリアクションなんかをあんまり気にしないようになる気がするんだ。だから、ちょっと鈍感になったのかも知れないね。パンクって、すごく定義が曖昧な言葉じゃないかい?でも僕にとってはパンクって、音楽の形式を意味する言葉っていうよりも、自分がいいと思ったり、グッとくることをやることが出来るっていうことを表す言葉なんだ。だから多分、そういう意味では、願わくば今でも持ち続けていたい精神っていうことになるかな。

僕にとって、パンクの精神全体について言える素晴らしい点は、誰でも出来るっていうこと。それから、どんな機材を持ってるかってこともあんまり関係ないってことさ。今日僕のスタジオに来てみて、僕がこまごまとした機材をいくつか持っているのが分かるだろうけど、別にすごいハイテクなスタジオってわけじゃないし、実際僕がまだ家族と一緒に住んでいるころに音楽を作り始めたときは、誰でも買えるようないちばん基本的なソフトウェアを使ってたんだ。


ジャマイカンミュージック、とくにダブについてはどうですか?

実は、僕はおそらくここ10年間くらい、あんまりジャマイカンミュージックを聴いてこなかったから、このことについてはちょっと後ろめたく思ってるんだ。とは言っても、重厚なベースの影響がある音楽とか、ダンスミュージック全般について、ほとんどがジャマイカの音楽にルーツを持ってるっていう事実は避けて通れないよね。イギリスにいるとみんな、一般的なこととしてジャマイカンミュージックに触れることになるんだよ。そういうもんなのさ。


「音楽を作っているときは、
自分が踊っている姿を想像するんだ。」



ハンガリーとトルコにしばらくの間住んでいたと聞いていますが、最終的にロンドンに戻ったとき、あなたは音楽的にどのような段階にいらっしゃったのですか?プレイしていたのですか、それともプロデュースしていたのですか?

ハンガリーとかトルコにいたときは、ドラムマシンを使って遊んでばかりいたよ。試しにバイオリンを練習してみたりもしたんだけど(笑)、ロンドンに行ったときに、ある場所に無断で居座ってたヤツと出会ったんだ。今や僕のいい友達なんだけど、なんでか彼に惹かれるものがあって、「一緒にバンドをやろうよ」って誘ったんだ。それでその時は、Canみたいな感じのフリースタイルの即興バンドをやろうって話してた気がするな。だけどリハーサルを始めてみたら、僕は自分で思ってたほどいいミュージシャンじゃないってことに気付いちゃったんだ。あんまり上手くはなかったけど、Zoomっていうめちゃくちゃいいドラムマシンを持ってて、そのベース音はすごく良かったんだ。

僕らはその不法占拠地の辺りでしばらくの間遊んでたんだけど、すごく楽しかったよ。いつも聴いてくれてたお客さんは、男の人がふたりと、紐でつながれた犬が一匹だったね。僕はすごく楽しんでたんだけど、彼はすごく哲学的なヤツでね。それで、まぁありそうな話なんだけど...、彼は地球の裏側まで出かけて行って、帰って来たと思ったらイスラム教徒に改宗して、ロンドンを離れてしまったんだ。僕のことを置いて行っちゃったってわけさ。7年くらい前のことだったと思うよ。


彼の名前は...?

この話は、ひと回りしてまた戻ってくるんだ...。彼がオランダに住み始めちゃったんで、僕は何とかひとりでやっていかないといけなかったんだけど、こう思ったんだよ。「自力でやるのは嫌だなぁ。なにかコンピュータを買わなくちゃ」って。と言うのも、すごくいい音楽を作れるコンピュータがあるって聞いたことがあったんでね。まぁ要は、一人になってみて、もうどうしていいか全然分からなかったんだよ!(笑) それで僕はコンピュータを買って、Reasonっていうプログラムを使って音楽を作り始めたんだ。それがすごく楽しくて、僕はそのプログラムでずっと飽きずに遊んでいられる上に、曲を構成することも出来るって分かったんだよ。そんなことが出来るなんて考えてもみなかったから驚いたけど、気付いたときには音楽を作ってたってわけさ...。僕が今やってることとあんまり変わらないんだよ。基本的に、パーカッシヴ・ダブみたいな類いのものだったんだ。

そんな頃、僕はそこらをブラついて遊び始めたんだけど、仲間の中心的存在だったのは僕と、僕とすごく仲のいい友達でLaurie "Appleblim"と一緒に働いてたEngine Roomっていうヤツと、そのまた友達のNectar Selectorって呼ばれてたヤツだったんだ。で、そのNectarが、FWD>>っていうところでやってたパーティーに、僕の記憶ではかなり長いこと遊びに行ってたんだけど、そこでガラージとかダークガラージとかって呼ばれてた音楽を聴いてるみたいだったんだ。それで彼が、「コイツは聴いといたほうがいいぜ」って教えてくれたのが、 Youngstaってヤツだったのさ。


それは何年ごろのことですか?

たしか2003年の終わり頃のことじゃないかな。彼は、すっごく変わったごちゃ混ぜの音楽をプレイしてたんだよ...。なんて言うか、今のYoungstaのセットではちょっと聴けないようなものだったんだ。少しグライムの要素が入ってたんだけど、彼はBlack Opsっていう、グライムなんだけどすっごく変わった曲を出してるレーベルの曲なんかをかけてたんだ。僕らはそれがすごく好きでね。あのころ僕が作ってた曲は、完全にあの辺りのBPMだったんじゃないかな。


と言うと... 140くらいですか?

あの当時は、135くらいじゃなかったかな。よく分からないけど。言っておくと、僕はただ自分の耳で聴いてただけなんだ。こういうことを通して何となく影響を受けたんだろうね。それで、覚えてるのは、僕は自分が作ったCDを何枚か持ってたんだけど、それをMordant MusicのIan Hicksにあげたんだ。そしたら彼が、"Stalker"っていうタイトルの曲をすごく気に入ってくれて、リリースしたいって言ってくれたんだ。僕はすごくびっくりしたんだけど、もしかしたらYoungstaもその曲を気に入ってくれるかもと思って、彼のところにも持って行ったんだ。だけど、Youngstaはあんまり好きじゃなかったみたい。まぁでも、それは分かるよ。だって変な曲だったし、好きな曲は人それぞれ違うからさ。まぁそんな感じで時は流れて、そろそろ気になるだろう、「昔一緒に音楽を作ってたあいつはどうしたんだい?」って。例の彼は3年くらい前にイギリスに戻って来てて、僕らはまた一緒に音楽を作り始めてたんだよ。それで、Skull Discoの009番と010番("Death Is Not Final" と "The Rope Tightens")を聴いたことがあるかな?その曲に使われてるのは彼のヴォーカルで、彼は今はVengeance Tenfold って名乗ってるんだ。これでやっと、お話が一周したっていうわけさ。

彼の歌詞はいつもすごく内容が激しくて、大好きなんだけど、彼は僕がやってることをあんまり重要視してくれないんだよなぁ。彼はなんて言うか、もっと生ぬるくないやり方みたいなのが好きなんだと思うんだけど...、とにかく、僕のやってることが彼の気に入っているっていうような態度は見せないんだ。つまり、彼はカントリーバンドに所属してるんだけど、それが彼の本来の姿であって、僕がO2アリーナとかそういうデカいところでプレイしようがおかまいなしなんだ。もし僕が「O2アリーナでプレイするんだけど、ヴォーカルをやってくれる?」って聞いたとするだろ。で、もしそのとき彼にDog and Duckとかそんな感じのところでカントリーバンドのブッキングが入ってたら、勝ち目はないよ。彼は自分のカントリーバンドのほうへ行っちゃうだろうね(笑)。


初期のFWD>>のパーティーの雰囲気はどんな感じでしたか?

うわぁ、それを説明するのはすっごく難しいな。だってあのパーティーは本当に...、後から考えると、すごい貴重な体験を提供してくれたんだけど、単なる憶測でもっともらしいことが色々言われてたりもしててね。まぁ実際のところ、行ってもすごいガランとしてる時とかもたくさんあってさ。


Night SlugsのBok Bokが同じようなことを言っていました。すごく影響力がある一方で、すごく空いているパーティーだったと。

そう、まさにそんな感じだったよ。これはすごく大事なことだから覚えておいてほしいんだけど、あのころはダブステップなんて代物は存在しなかったんだ。誰もダブステップなんて言葉を口にしなかった。分かるだろう?もし言葉があるとすればそれはグライムで、それはすごく、ものすごーく大事で影響力のあるものだったんだ...、あの、ビートの不規則性がね。みんな、グライムがかかっていればどこであろうと、そこが最先端だと思ってたんじゃないかな。それが必ずしも正しいとは言わないけどね。ロンドンっぽさっていうのは、本質的に労働者階級的なもので、それはほかの場所とは違ったアプローチだったと思うんだ。ベルグハインみたいに、みんながお互いにいちゃいちゃしたり何やかやったりしてるっていう感じじゃないんだ。みんな、他の人たちのスペースを邪魔しないよう気を配っていて、ロンドンにいると、概してそういう感じなんだ。

LoefahとかMalaみたいなヤツが僕らのドンみたいな感じだったと思うんだけど、そういう基本の中心的存在の人たちはみんな、僕ら4人はちょっと変わってると思ってたんじゃないかな。と言うのも、僕らはみんなあの頃かかってた音楽が熱狂的に好きで、よくわめき立ててたようなヤツらだったんだ。でも、何か血に飢えたみたいな残忍な感じの四つ打ちの音は、踊るのに必要なかったんだよね。僕らはそれまでにほかのいろんな面白い音楽と触れ合って来たから、そういうのは想像だけで十分だったんだと思うよ。だけど、2005年のことだったと思うんだけど、変な感じの落ち目があったんだ。ちょうどBok Bokが言ってたみたいに。遊びに来るお客さんが、(ひと晩に)10人って言ったら大げさだけど、たぶん30人くらいしかいなかったと思う。どっちにしろ、その時はクラブ全体に破滅の手が伸びているような感じだったんだ。「このパーティーはそんなに長くは続かない」って言われてたよ。だけど、なんでだか、また持ち直したみたいなんだ。


その段階でダブステップという概念は、どの程度明確に定義されていましたか?

そうだなぁ、それを説明するのはものすごく難しいよ。ダブとステップ、つまり、ダビーなツーステップだね。その当時の音は、それまででいちばん(今で言う)ダブステップに近いものになっていたんだけど、まだ誰もダブステップっていう言葉は使ってなかった。今やダブステップは、若い人たちの間でも、僕にとってさえもすごく一般的な言葉で、色んな観点ではっきり定義されたサウンドだけど、俗な言い回しだとちょっと間違った呼び方なんだよね。だって、ダブステップって言ったって、本物のツーステップの要素も、本物のダブの要素も無いからね。言ってる意味、分かるかな?



Woe to the Septic Heart artwork
Woe to the Septic Heart




あなたの音楽によって創り上げられた世界を、ご自分としてはどのように表現しますか?

難しいね。なぜって僕にとって音楽は、自分が納得するまでただシンプルに作り続けるものだからさ。好きなサウンドがあれば、好きじゃないサウンドもある。(音楽制作は)僕がただ純粋に好きでやっていることだから、その行為を客観的に見るっていうのは、すごく難しいことだと思うよ。


あなたの音楽性を上手く表現するために、頭の中の特定の空間のようなところを働かせたりしているのですか?

繰り返しになるけど、本当に上手く説明できないんだ。音楽制作にハマってるときは、他のことは何にも考えられなくて、ただ...、唯一説明できるとしたらそれは、押さえがたい衝動みたいなものなんだ。分かるかな?スタジオにいると、ただもう強い衝動に突き動かされてしまって、納得できる音になるまで止められないんだ「こういうふうに聴こえるべきだ」っていう音になるまで、ひたすら実験して、プレイしては違う音に変えてみて、の繰り返しさ。ただそうやって作っていくんだ。完成するのに、すごーく長いことかかる時もあるよ。


あなたの作品についてあまりたくさんの記述語を使うことは避けたいのですが、見たところ、アフリカのパーカッションがよく使われているように思うのですが。

そうだね。うん。その質問に対する至ってシンプルな答えは、こうだよ。キックとスネアのコンビネーションが他の人の音楽で上手く使われてるのは聴いたことがあるけど、僕にとってはあんまりピンと来ないんだ。


キックとスネアのコンビネーション、というと...?

キックとスネアでビートを作ってるような音のことだよ。そういうのは、僕の好みじゃないんだ。他の人の音楽でそういう音を聴くと、すごく上手く使ってあるんだけど、僕が作る音楽では、同じようにはいかないんだ。多分、僕は自分が踊るときにはもっと滑らかな音で踊りたいんだけど、キックとスネアで作られたビートには、その滑らかさが感じられないからじゃないかな。それで、たとえ中には僕の音楽について「あんな音じゃ全然踊れないよ」って言ってる人たちがいるって知ってても、僕は踊るための音楽を作っているわけだから、自分のやり方を曲げる必要はないと思うんだ。音楽を作っているときは、自分が踊っているところを想像して、ハイな気分になってるんだよ。
ワクワクした気持ちにさせてくれるビートが、いくつかあるんだよね。キックとスネアについては、なんで僕にはしっくりこないのか分からないけど、もしかしたらスネアのfrequencyの問題なのかも知れないな。もしくは、全体の中でちょっと目立ちすぎちゃう感じがするのかな。それよりも僕は、もう少し柔らかい感じのパーカッションと、もう少し低域のfrequency rangeを使うと、もっと滑らかで、踊りやすくて、グルーヴを感じる音になると思うんだ。


2拍4拍のスネア音について特におっしゃっているのですか?

それはひとつの側面ではあるね。だけどもちろん、スネアは必ずしも2拍4拍である必要はないんだ。ガラージの名曲のいくつかや、他でも素晴らしい音楽のいくつかでは、そうじゃないよ。たとえば、"Blood On My Hands"のスネアの音を聴いたことがあるかな。あれは、リズミカルな要素として使われてはいないんだ。僕がやったことは、もっと爆発するような感じの音にするために、スネアを使って大幅にピッチを下げたんだ。だからそういう意味では、スネアの従来の使い方を無視して使ったってことになるね。

自分の音楽を製作するために、どんな音楽をとくに聴いているかって聞かれれば、まぁ西ヨーロッパ発祥でない音楽をたくさん聴くと言ってもいいだろうね。だから、こういうパーカッシヴな要素から影響を受けているんだろうね。だけど、もし「君はずっと西アフリカから影響を受け続けているんだね」と言われれば、こう答えると思うよ。「それはちょっと微妙なところだね。だって僕は単なるひとりの、イギリス北部出身のイギリス人なんだもの」って。僕は、その文化をよく知らないだれか他の人たちのまねをするのは嫌なんだ。例えばコンガの音は、個人的に、本当の意味で「個人的に」僕にとって気持ちよく聴こえる音なんだよ。


最近では、どのようにパーカッションをプログラムしているのですか?

そりゃあもう細心の注意を払ってプログラムしてるよ。僕は「コイツはループを使ってるぜ」って人に言われるとすごくムカついちゃうから、すごく大変なんだ。僕はループなんて、絶対に使いやしないよ。


だからこの質問をしたんですよ。あなたは、ループは使わないっておっしゃってましたよね。

僕はとても長いプログラムになるもんだから、ループみたいに聴こえるんだと思うんだ。ほとんどの場合、レコードなんかの中から自分の好きなパーカッシヴなサウンドを取り出すんだけど、その個々のサウンドを分離することが出来るんだよ。その音を、たとえば(オーディオ・エディットプログラムの)Sound Fodgeに取り込んで、色々いじくり回して、いろんな違った特徴を付けてあげることが出来るんだ。その作業には、単純に時間がかかるんだよ。"Death Is Not Final"を聴いてみてほしいんだけど、パーカッションのプログラミングにはただものすごく時間がかかるんだ。


数ヶ月かかったんでしょうね?

実際、2ヶ月かかったよ(笑)。本当に、ものすごく時間がかかったね。このトラックは全体的に上手くいって、すごく満足してたんだ。ただ、BPMが120くらいで、キックを入れられなかったっていうことを除けばね。そしたらAppleblimがスタジオに来て、こう言ったんだ。「低音部分にストレートなキックを入れたらどうだい?」ってね。それまで僕は、ストレートなキックは一度も使ったことがなかったんだ。それで、「大丈夫かなぁ?(笑)キックなんて使っていもいいのかな?」って聞いたら、「もちろんさ!」って言われたんで、やってみたんだよ。で、「これはいい感じだな」って思ったのさ。

僕は、ストレートなキックとかそういう類のものは絶対に使わないっていう定説を持ってたんだ。でも、ストレートなキックに関しては、ほかのところでグルーヴがキープされてて、それが主要な特徴にならない限りは、良いものにもなり得るって分かったんだ。それ以来、Perlonの曲をたくさん聴いたよ。Portableとか、もちろんRicardo (Villalobos) もね。おそらく、僕と僕の周りの人たちはそういうスタイルの音楽にあんまり親しんできていないからだと思うんだけど、「ストレートなキックは使わない方がいい」っていう定説を前には持ってたんだ。もう今は、ないんだけどね。


過去数年間で、音楽制作のプロセスは速くなりましたか?

いやいやいや。音楽を作る過程そのものは、簡単にはなってないね。Perlonからのリリースは、みんなすごくいいって言ってくれるので嬉しいなって思うんだけど、僕自身は、リリース後にあのアルバムを聴くことが出来なかったんだ。今、あれから1年が経つけど、仕事のペースはすごーくゆっくり、もうめちゃくちゃゆっくりだよ。いいと思うものを作りたくて、ほかの人にも楽しんでもらいたくて、そうしてるんだけど...、
もちろんこういう人たちがいるのを知ってるだろう...?昔は良かったけど、今は怠け者になってしまってるアーティストたちのことさ。正直、みんなが僕のことをそういう風に思ったとしたら、すごく嫌なんだ。たとえば「あぁ、Shackletonか。あいつの曲でなんか踊れないよ。あんなのはクズさ」なんて言われたとしたら、すごく悲しいよ。ひとつの意見として受け入れることは出来るけど...、かと言って必ずしもそれに賛同するわけじゃないけど、でもまあそれはいいんだ。単に好みの問題だからね。だけど、もし「あいつはもちろん、人の批判なんか気にしやしないよ」なんて言われたら、ムカつくだろうね。だってそれは本当のことじゃないからさ。


「多くを作り上げれば作り上げるほど、早く崩れ去る。」




fabricのミックスについてですが、あのプロジェクトを引き受けるのは難しい決断でしたか?ここ数年、あなたは明らかに、表舞台に立たないことを選んできたように見えるのですが。

正直な話、その点はマイナス要素にもなり得ると思って考慮してたんだ。プロジェクトを受けたら、表舞台に立つことにもなるって分かってたからね。だけど、全ての要素を考慮してみると、プラス要素の方が上回ったんだ。それで、もうひとつには僕は、自分の世界は自分自身で築いてきたと思っていたいんだよね。自分が、自分にとってすごく気になる存在だったほかの誰かのまねをしているとは思いたくないんだ...。だから、3年前と比べると、ある程度世間に露出するってことに関しては心配してなかったんだ。


あまり深く立ち入るつもりはないのですが、なぜそんなに目立たないようになさっているのですか?

そうだね、それには2つの側面があると思うよ。まず第一に、さっきも言ったように、このダブステップっていう音楽に関わる問題なんだ。僕らはあくまでもアウトサイダー的な存在で、オリジナルの人たち、つまりKode9やMala、Youngstaたちのことを、そりゃもうめちゃくちゃ尊敬してるんだ。だけど、彼らのやってきたダブステップっていう音楽を、もしかしたら僕が間違った方向に持って来ちゃったかも知れないんだ。分かるかな?もうひとつには、RAはインターネットベースの情報サイトだと知っててこんなことを言うのは失礼に当たるかも知れないし、決して侮辱とかではないんだけど、インターネット依存の現代社会では、過剰報道がいとも簡単に起こってしまうと思うんだ。音楽について言えば、僕はシンプルに、お店に行って聴いて、好きなら買って、嫌いなら買わない、っていうふうにあってほしいんだ。

僕は、自分の人生にとっても満足してるんだと思うよ。スタジオに来られることがすごく嬉しいし、僕の音楽を好きでいてくれるコアな人たちがいてくれることもすごく嬉しい。この状況を脅かしたくはないんだよ。もし僕がたくさんのプロモ盤を出したり、そういうものをみんなに配りまくったりしたら、こう思ってしまうだろうね...、「多くを作り上げれば作り上げるほど、早く崩れ去る」って。僕にはそんなにたくさんのお金は必要ないし、名声とかそういうものも、あんまり要らないんだ。僕はただ、今自分がやっていることが好きなんだ。それで十分なんだよ。


あなたはfabricのミックスCDのプレスノートで、「fabricで最初にプレイするまでは、オーディエンスが自分のサウンドに関心を持ってくれるとは思えなかった」とおっしゃっていましたね。そのことについて、詳しく教えていただけますか?

断っておくと、当時僕には、全然ブッキングが入ってなかったんだよ。言ってみれば、自分のことを、クラブでプレイするような仕事がもらえる人だとは全然思ってなかったんだ。なんのブッキングもなかった上に、自分の音楽はすごく分かりづらい感じのものだと思いながら作ってたもんだから、突然fabricなんていう有名な老舗クラブからお呼びがかかって、びっくりしたよ。




Shackleton Live at Unsound Festival Poland


Shackleton live

「soundboyはどこで聴く」


ラビリスンスのオーガナイザーであるRussが最近のインタビューで、あなたの音楽を聴くのは野外が一番良いと言っていましたが、そう思われますか?もしそうでないとしたら、最高のセッティングはどんなものでしょう?

実は、僕はそうは思わないんだよね。とは言っても、ラビリンスは例外だけど。Russをはじめたくさんの人たちが、ラビリンスでの僕のセットはすごく良かったって言ってくれたから、多分あのシチュエーションでは、本当にそうだったんだろうね。オーディエンスの大多数は日本人で、それまであんまりああいう感じの音楽に触れることがなかっただろうし。それにもしかしたら、日中に4つ打ちをたくさん聴いてたからっていうのもあるかも知れないね。多分、みんなのあの時間帯の精神状態に僕の音楽が合ってたから、すごくいい反応をしてくれたんだろうと思う。それにあそこは、山々に囲まれた素晴らしいセッティングなんだ。それから、ファンクション・ワン...。まぁ、ファンクション・ワンそれ自体が万能だって言うわけじゃないし、実際このファンクション・ワン絶対主義みたいなのにはちょっと飽きちゃってるところもあるんだけど、でもやっぱりあそこでは、すごくいい働きをしてたよ。

だから多分、ラビリンスのときは僕の音楽がすごくハマっていたんだろうけど、正直なところ、僕は自分の音楽は、いいサウンドシステムのあるすごく小ちゃくて暗い部屋みたいなところにいちばん合うって思ってるんだ。エッセンに、Goethe Bunkerっていうクラブがあるんだけど、これがすごくいいところなんだよね。何が特徴かって言えば、狭くて暗い上に、サウンドシステムがめちゃくちゃいいんだ。fabricも、僕にとってはやりやすいクラブだね。普通に考えるとちょっと大きすぎるような気もするんだけど、あそこにはありとあらゆるサウンドシステムがあるから、すごく上手くいくんだよ。



最近でも、オーディエンスがあんまりあなたの音楽を分かっていないようなところでのギグを受けることがありますか?

あぁ、そりゃあもう!受けるブッキングについては前よりだいぶ気を使ってるから頻度は減って来てはいるけど、数ヶ月前のあるギグでは、お客さんからのブーイングでステージから引きずり下ろされちゃったんだよ。みんなが僕に向かって「ダブステップをかけろ!ダブステップをかけろ!」って叫び続けてたんだ。よくあることなんだけどね。僕はダブステップのまねごとをしたことなんてないから...、しまいにはすごく不機嫌になっちゃって、怒った感じのジェスチャーをしてステージから立ち去った記憶があるよ(笑)。


こういうことに関して、くよくよ考えたりしますか?


(長い沈黙をおいて)いや...、だって、どうしろって言うんだい!? お客さんはほとんどが若い奴らだったし、その人たちがなんで僕の音楽を好きじゃないかは正直、理解できたからね。それは別にいいんだよ。問題なのは、プロモーターが "ダブステップ・ナイト" って銘打ってたことなんだ。お客さんは、特定の音楽を求めて来てたんだ。だから、若い奴らのせいじゃなくて、どちらかと言えばプロモーターの責任だと思うよ。もし君がどっかの小さい街から来て、それまであんまり色んな種類の音楽を聴いたことがないとするだろう。それである日突然、いま巷で言われてるところのダブステップを聴いてみたらすごく気に入ったんだけど、まだ自分の街には誰もダブステップのアーティストが来たことがなくて、それで初めてクラブでダブステップを聴いたら、ものすごくエキサイトすると思うんだ。それでもしその夜に、普通のダブステップじゃなくて僕の音楽を初めて聴いたとしたら、そりゃあもちろんがっかりすると思うよ。「すごく気に入ったな。僕も何か音楽を作ってみよう」なんて思う人は、2〜3人くらいのものじゃないかな。願わくば、ってことだけど。


では、あなたはfabric mixはつくりこんだのですか?、それともライブセッションを録音したのですか?

基本的には、こういうことなんだよ。僕が夏にfabricでプレイしたとき、(fabricのスタッフの)Judyにセットを録音してもいいか聞かれて、普通ならその音源がどこかに漏れることを懸念して断るんだけど、fabricに限ってはそういう心配はないって分かってたから、「いいよ。でもその音源をどうするかについては、後で話そうよ」って答えたのさ。そしたら、彼女はそのセットがすごく気に入って、fabricのwebサイトに載せたいって言ってきたんだ。それでその音源を聴き返してみたんだけど、「いや、それはちょっと待ってくれ」って思ったんだ。だって、一度インターネットに上げちゃったら、もうそれまでなんだもの。誰でもダウンロードできるし、リッピングできるし、聴けちゃう。だけど、あれはあくまでも僕のセットなんだ。


あなたの生活手段ですよね。

そう、僕の生活手段だし、僕の仕事だし、そのセットの中にはたくさんの未リリースの曲も入ってたんだ。それで、僕はこう返信したよ。「本当に申し訳ないんだけど、そんなに気に入ってくれたなら、webサイトに載せるのとあまり違いはないかも知れないけど、その音源をfabricのCDにすることを検討してくれないかな?」ってね。そうすれば少なくとも、タダ同然で音源をバラまくことにはならないからね。返事については全然期待してなかったし、丁寧にお断りされるものと思ってたんだけど、彼女は「あら、それはいい考えね。でも、それならスタジオでレコーディングしてくれない?」って言ってきたのさ。
だからあのミックスCDは、去年の夏にfabricでプレイしたセットとほとんど同じなんだ。あのときのセットはすごく上手くいったし、それと最も近い感じで録音できたと思ったのが、このミックスなんだ。多少はアドリブも入ってるんだけど、出来るだけギグでかけた曲順に従うようにしたんだよ。


ここ数年で、あなたのライブセットはだいぶ変わったと思いますか?

そうだね...、最近では、前よりもっと自由にやれるようになってきたと思うよ。自分がやっていることに対して、より楽に構えられるようになったね。前よりもいろんなチャンスを受け入れる余裕が出てきたし、もっと神経質だったころには出来なかった、瀬戸際戦術的な要素が身に付いて来たんじゃないかな。いくつかのハイハットが動いている一方で、今いちばん楽しんでいるディレイやフィルターなんかを使ったクレイジーなことをやっていられるのは、すごく嬉しいよ。前ほどには、物事が停滞した感じではないと思うね。


ツアーに関してはどのようなスタンスをお持ちなのですか?

歳を取ってきたから、家にいるのが一番落ち着くなってだんだん思うようになってきてはいるんだけどね。でも正直な話、外の世界に自分の音楽を聴いてくれる人たちがいて、中にはその音楽を好きになってくれる人がいて、っていう状況はいつだって、何よりも素晴らしいことだって認めざるを得ないよ。とくに、お客さんがギグの後で自分のところに来て、「すごく良かったよ!」って伝えてくれるときだね。あの気持ちよさったらないよ...。分かるだろう?やっぱり、そういうふうでなくっちゃ。


あなたは、将来についていろいろと考える方ですか?


本当は、もっと考えないといけないんだろうね。つまり、将来って言うか、そもそも僕らがずっと話している音楽っていうことで言えばね。Skull Discoの話に戻るんだけど、ある人にこう言われたことがあるんだ。「わぁ、君のリリースのやり方は、すごく計画的だね」って。でも実際のところ、計画なんて何にもなかったんだよ!これ以上計画性がないやり方ははないっていうくらい、すごく行き当たりばったりだったんだ。それで思ったんだけど、リリース・スケジュールなんかを考えたところで、やっぱり僕にとっては役に立たないものなんだよね。だから、音楽について言えば、僕は将来のことを全然考えてないんだよ。
そりゃあ、もしみんなが僕の音楽に飽きてしまって、全然興味のない何かほかの仕事をしなくちゃならなくなったらどうしようって、不安になることはあるよ。だけど、将来の計画を立てるかどうかっていう観点から言えば、僕はまったく計画的な考え方はしないんだ。ただ、今自分がやっていることが出来る状況にあるってことがすごくラッキーだと思っているし、この状態が続くように望むだけさ...。だけど、続くか続かないかは本当に、僕が決められることじゃないからね。僕に出来ることはただ、これが自分にとってベストだって思う音楽を、確実に作っていくことだけさ。あとのことは、運を天に任せるしかないよ。

Words / Ryan Keeling
Translation / Rieko Matsui
Published / Friday, 03 December 2010

Photo credits /
Illustrations - Zeke Clough
Header portrait - Lars Borges
Live at Unsound - Seze Devres


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